022 ポラーベアの姿形

 猛吹雪は私を味方するどころか殺す勢いで強まっていく。先程まで見えていた洞窟すら跡形もなく消えてしまった。

 これぞホワイトアウトというものだろうか。自分の居場所すら分からなくなってしまう、猛吹雪の最難……。

 それに辺りは夜。もう私に把握できる視野など残されてはいなかった。

 方角だけでも記憶しておいて良かった。そうでなければ今、私はもうこの世のものではなくなっていただろう。

 肉となる野獣を黄昏るように探る。眼の良いレオなら一瞬で見つけてしまうのに、と思う事もあった。だが、これは私の問題。人に頼っていては一生強くなれない。

 しかし、それ以前に寒い。寒いんだ。三ヶ月程、ソーラの結界に閉じ困っていた為、体が猛吹雪の寒さに慣れていないのだ。

 

「早く出てきて……」


 凍った口を決死で開き、声を出す。

……神は味方をしてくれたのか。それか私に悪夢を差し出したのか。

 まるで私の言葉が言霊のようになり、野獣を誘き寄せた。

夜でもはっきりと区別できる、吹雪と同じ真白の巨大な全身。そして、そこだけ赤く光り輝いた目。

 北極熊ポラーベア。本でしか見たことがなかった存在。一目見ただけで、背筋が恐怖のあまり凍ってしまうような威圧感が、奴にはあった。

 だが、私は敵を目の前にして足が竦んでしまうような弱者ではない。

北極熊の背後に回り、レオから授かった剣を手掛け奇襲を試みる。


ウ"ォォォオオオ


 ……が、鼓膜が破れそうな遠吠えと共に、北極熊がこちらを振り向いた。

奇襲失敗。剣を振りかざす前に気付かれてしまった。

 すぐさまその場を離れ、北極熊と距離を置く。

殺さんとばかりにこちらへ威嚇をしてくる北極熊。だけれど隙ばかりという訳では無い。ちゃんと急所となる首はこちらから攻撃できないように立ち回っている。脳ナシの野獣とは一味格が違うようだ。

 じゃあどうすれば急所を狙える。あちらから攻撃を仕掛けてきても、レオほどの熟練者でなければ反撃を繰り出すことすら難しいだろう。

 やはりこちらから攻撃を仕掛けなければならないのか。

どんな攻撃が奴に効くんだ?まずは動きを止める為に腕や足を狙うか?

 いいや。こうやって考えているうちに奴から攻撃が繰り出される。

 ……だが、北極熊は私を睨みつけているだけで、攻撃を繰り出そうとはしてこない。

 何故だ?何かこれ以上攻撃を出せない、やむを得ない事情があるのか……?

 互いに一歩も引かない睨み合いが続く。

攻撃を仕掛けるなら今が最適だ。だけど……何かが引っ掛かる。

 何故私達を餌食としか考えていない野獣が、自身から攻撃を仕掛けようとしない?何故一歩も動こうとしない?

 すると北極熊が一瞬だけ、自身の背後を見た。

………そうか。

 自身から攻撃を仕掛けず、その場所から動こうとしない。数々の奴の不可解な行動。 

 北極熊は、私をんだ。後ろで自身を待っている『子供』がいるから。

 奴は……彼女は、守るべき者の為に命懸けで闘っている。

今の私と、姿形が全く同じなんだ。

 その真実に気が付き、私は緊張していた肩を緩めた。

私には、彼女を殺すことは出来ないよ。

 ペッロ達には申し訳ないけれど、今日の晩御飯は抜きとさせて頂こう。


「さよなら。そして頑張って」


 私は、私をじっと睨みつける北極熊に背を向けた。

 











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