013 要塞に”ヤツ”は潜む

 彼女は尋常ではない。

 殺傷能力や魔術の才能は無し。頭脳明晰と言える程の知識も然程は無い。一見何処にでも居る13の少女だが、私を見つめる実に鋭く冷徹な眼差しが今にでも脳裏に過る。

 そう。彼女は相手の心境の変化に敏感だった。いいや敏感過ぎる。人の心境を計り知れてしまうという事は裏顔を知る事と繋がる。今までどれだけの苦労に耐え抜いてきたのか嫌でも察せる話だった。

 だがそれを中々見抜けなかった訳は彼女からは”匂い”がしないのだ。

 ”匂い”というのは私の能力スキルと言えばわかるだろうか。”匂い”は相手の微かな心境の変化や動作を実に的確に見抜く事が出来る。

 まあ言わば彼女と同じ能力だ。だから彼女の気持ちが嫌でも共感できてしまう。

 だが、私の能力スキルと対等出来る程の勘の鋭さならば心境変化は通常よりも大きく反応するものだ。

 なぜ彼女は私の嗅覚に反応しないのか。溢れ出した疑問が眠りについていた好奇心を起こさせるように大きく揺らす。

 すると突如、私の前を堂々と歩む彼女が焦った声を張り上げた。

 

「レオさん‼」

「レオ!?」


 グレイシャの視線の先にはぐったりと倒れ込んだレオが居た。胸元からは溢れかえるように血が流れている。美しい金髪にも赤黒い血が染み込んでいた。

 見るも無残な姿と化したレオに慌てて駆け寄る。


「まだ微かに鼓動が動いてる!今すぐ回復魔法を掛けるわ。辺りの警戒をお願い」

「分かりました!」


 即座にレオの回復を行う。グレイシャには魔物の危険性を兼ねて警戒をお願いする。

 だが私の脳は罪悪感で埋め尽くされていた。たちまちその感情が体中を襲うように広がる。

 もう少し早く来ていれば助けられたかもしれない。レオがこんな羽目になる事を防げたかもしれない。

 全くグレイシャの言う通りだった。あそこで私が躊躇していたから………。

震える手で精一杯に回復魔法を掛ける。だが、いつもよりも効果が悪かった。この手のせいだろう。

 するとレオの指が微かに動いた。と思えば精一杯に顔をこちらへ向ける。


「く……な………にげ………」


 残り僅かな体力を絞り出し声を出すレオ。だが、その声ですら掠れて何を言っているかが分からない。

 こちらへ真っ直ぐに向けられる瞳だけが何かを訴えている。

すると突如、レオの瞳が大きく見開く。

 またもや焦ったように掠れた声を張り上げるレオ。やはり何を訴えたいかは分からない。

 その視線の先には岩波があるだけだった。あるとすれば流れ込んでくる冷たい風だけ。

 ………風?確かここは地下深くの採掘場のはずだけれど………。


「危ない!」

「………っ」


 突如声を張り上げ私を庇うように地面へ私を薙ぎ払うグレイシャ。気を緩めていたせいか対応が出来ず反動で転げ落ちてしまう。

 危ないとはどういう事だ。辺りには何者も………。


 「そうか‼」


 私としたことがしくじった。すぐ隣に潜り込む存在にも気が付けないだなんて。だとすればレオが訴えていたのはこの事だったのか。


「何処にいる‼出てきなさい‼」


 大きく声を張り上げるも勿論”ヤツ”が出てくる事はなかった。

だが私でも気が付かなかったのに反しグレイシャが先に気が付くとは。彼女には借りを作ってしまったものか。


「どうやら”ヤツ”は頭が回るようね。そこらでうろつく魔物共とは格が違うみたい」

「そのようですね。姿を消して獲物に襲い掛かる……実に頭が冴える言わばずる賢い戦法ですよ」

「私の大切な仲間達を攫ったのはコイツで確定ね。今すぐにでも決着をつけて皆を開放しなきゃ身が危ないわ」


 だけれど姿が見えない相手と闘うのは不利にも程があると思うだろう。

だが、それは並みの冒険者での話。”ヤツ”のその強みが私に通用するかは別なのだ。


「………戦いを始めるとしましょうか。私の嗅覚が疼いているわ」


 

 


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