009 迫る究極の選択

「患者の容態は?」


 食堂に飛び込んできた医療担当のスーランに問い掛ける。スーランの顔をまじまじと見つめると焦った表情で冷や汗を額に伝らせていた。


「魔物に噛まれ右足を大きく負傷した模様。呼吸が荒く魔物から菌を感染している可能性があります。心拍数も浅く………」

「患者を宿舎に移動させて下さい。早く!」

「了解しました!」


 不味い。これは非常に不味い事態だ。クルーに任せた医療室はまだ完全に始動できる程の安全性は無いし、かといって医療設備の皆無な宿舎に移動させたとしても生存率が上がる事は決してない。

 ………でも、私にはその患者だけを都市に入れないという選択肢も残されているじゃないか。

もし患者が病を持っているならば今都市に居る住民に感染する恐れがあるし、わざわざ怪我人を助ける必要性があるのだろうか。

 でも、そんな汚い手を使って信頼を得ることが出来るのだろうか。

私は何を選択すれば………。




■□■⚔■□■




「大丈夫ですか!」


 患者の容態をこの目で見るべく、宿舎に駆け込む。

……と、そこにはぐったりと横倒れた一人の中年の男。その近くで哀哭する三人の少年少女が居た。

 ―――結局、私は保護の選択を取った。ソーラならこの選択を選んでいたからだ。

 気を取り直し三人の子供に向かい問い掛ける。


「えぇっと……君たち。簡潔で良いから今の状況を教えてくれるかな?」

「父ちゃん……父ちゃん……」


 何度問い掛けても同じ返答が返されるだけだった。

これは……あまりのショックで私の声が聞こえていないのだろうか。三人の瞳は同じく虚ろで私達一同がまるで眼中に無い様だった。

 仕方がなく立ち上がり患者の容態を確認すると、不自然な点に気が付いた。


「……この服の痕は?」

「魔物のものだと思われます。奇襲で足を喰われ身動きが困難になり、その次に爪で腹を引っ掛かれ服が貫通した……と推測します」

 

 確かに、スーランの推測ならば理解が出来る。

だけれど、氷河にそんな猛獣が未だ存在していたのか?……いいや。魔物や猛獣問わず全ての肉食獣が氷河期が始まって30年も経たずに全滅したはずだ。結局、生き延びたのは人間を含む雑食獣のみ。

 じゃあ何故……。


「グレイシャさん!患者の容態が!」

「心拍数が異常に低い……このままじゃ確実に息絶える」

「グレイシャ!」


 聞き覚えのある声をが聞こえたと思えば、慌てて宿舎の扉が開いた。


「クルー……」

「グレイシャ!お願いだ。患者を医務室に移動させてくれ!」


 急なクルーの要求に戸惑うしかなかった。

医務室の装置はまだ安全性が保障できないし、許可なく使用は出来ない。

じゃあ、なぜ医務室なんかに………。


「俺を信じてくれ」


 私はその一言を信じるしか、選択肢が残されていなかった。



 急速に患者を医務室へ移すと、そこにはクルーが医療装置を何やら改良をしていた。だが一切の口出しはしなかった。医療知識の浅はかな私が口出しする権利は無いと思ったからだ。


「そういえば、クルーさんは医療知識が豊富なんですか?」

「いいや。医療なんて一度だってやったことは無いよ」

「………ど、どういう事ですか?じゃあ何で……」

「まあ、見てなって」


 レバーを下げたクルーを、まじまじと見つめる………も変化はなし。

やはり失敗したんじゃ………。

 すると突如、医療室全体を包み込む様に黄金こがね色に輝く光が現れた。

その光は一つの塊と成って横倒れた患者の心臓へと消えていった。

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