007 混沌と復興の時

- ソーラside -


「………貴方は誰?」


 今にでも消え散ってしまいそうな掠れた声が、確かに耳元に響き渡る。

あの冷静沈着なグレイシャとは別人の様な姿に思わず強気な口調になってしまう。


「………忘れたの!?ソーラだよ‼流刑されたアンタを助けた命の恩人の、ソーラ‼」

「………ソーラ」


 そう呟いたグレイシャの瞳は、何処か虚ろで儚さを感じさせた。

心拍数も呼吸も大幅に低下していた。このままじゃ命が危ない、それは誰もが分かり知れた事だった。

 第一、急に倒れ込んで皆をどれだけ心配させるのか。ルティなんて更に泣き喚いて部屋に籠りっきりの始末だよ。

 だけれどグレイシャの瞳は徐々に光を取り戻していた。微かに頬が笑っている。そして何か自分の中で決心をした様な清らかな表情。よく見れば瞳に一滴の涙が留まっていた。瞬く間にその涙が頬を伝る。

 グレイシャの無事だけを祈り私達一同は待った。待ち続けた。

ゆえに、数十分――――。


「………」


 瞳が乾く程グレイシャを見続けていると、やっとの事でグレイシャの息が正常に戻った。

すると次は瞳が徐々に、そして緩やかに開いてゆく。

 完全に開ききった所で、グレイシャが口を開いた。


「ソーラさん。戻りましたよ」


 いつもとはまた違う雰囲気を漂わせるグレイシャに少し驚きを見せる。

だが、そんな事どうでもよかった。何よりグレイシャが無事だった事が救いだった。


「うん。知ってる。知ってるよ………」

「迷惑掛けてごめんなさい。でも、もう大丈夫です」


 何事もなかった様に平然と笑顔を見せるグレイシャに、何処かもどかしさを感じた。

 だが眠りにつく前のグレイシャとは雰囲気が変わっていた。あの鋭く冷徹そうな目付きも凍り付いた様に上がらない唇も、少しだけ緩んでいた。

 まるで別人にでも生まれ変わった様なグレイシャの姿に違和感を覚えるも、この姿こそが真のグレイシャなのだと直感的に感じ取った。


「グレイシャお姉ちゃん!?」


 悲鳴の様な大声と共に、皆が一斉に後ろを振り向く。

すると奥には涙を滝の様に放流するルティがいた。鼻水と涙がぐちゃぐちゃな酷い顔のままルティはグレイシャに抱きついた。

 だがグレイシャとなれば嫌な顔一つせず、ルティをぱっと抱き留めた。


- グレイシャside -


「よかった……私のせいで……もしかしたら死んじゃうかもって……!」

「そんな容易い事で私は死にませんよ。仮に死んだとしても、怨霊となって意地でもこの世に居残りますね」

「確かに、初めて会った時は氷河を歩き回ったとは思えない程ピンピンだったもんねぇ。まあ顔は死ぬ程虚ろだったけど」


 ほらこんな風に、と似ても似つかない私の真似をするソーラに怒りたくとも、今はその気分ではなかった。ソーラが私の無事を祈ってくれていた事に仮を作ってしまったからだ。

 だが今思えば確かに、あの時の私はそんな顔だったのかもしれない。

祖父を失い、笑顔を忘れ、生きる理由までもが消え散ってしまったあの瞬間が嫌でも頭に過る。

 だが今の私は違う。

ソーラと出逢って少しは変わった。いいや少し”も”変わった。

 前の私じゃない。孤独に怯える私はもう居ない。


「これからも私の様な急病人が現れる可能性は十分にあります。その為、急速に

病人の収容可能な病院を手配しましょう」

「そんな難しい事を簡単に言うなよ?せっかく休息を貰ったというのに俺の仕事が増えるじゃないか」

「クルー!?いつの間に!」


 宿舎の扉の奥には壁に寄りかかり如何にも怠そうな顔を見せるクルーが居た。

流石にここまでなると気付かれていたか。まあ最終的には押し付けるつもりだったし別に構わないけれど。


「では、そういう事で頼みましたよクルーさん」

「おいおい躊躇いの欠片もないな」

「貴方の存じる通り私に躊躇いの心など有りません。ですが、これは最重要任務なのです。クルーさんに頼るしか術が残されていないのです……」


 目の前で冗談交じりの泣き真似を披露する。まあ彼も二十歳という年。流石に子供の嘘など一目瞭然……。


「ま、待て待て。そんな泣くなって!分かった。この任務は俺が受け付けるから早く泣き止めって!」


 思った以上に焦りを見せるクルーに、演技の涙諸共カラッと乾き切る。

ごほんと咳払いをする声も何処か慌てている様子だった。


「……あ、ありがとうございます?」

「何で語尾が疑問形なんだよ」


 はあ、と安心した様な溜息を吐くクルーに少しの罪悪感を覚える。

まあ結局、最重要任務を片付けられるのであれば問題は無いのか……?


「という事で、宜しくお願いしますね!」


 クルーに向かい満面の笑みを浮かべると、やっと私の切り替えの不信さに気が付いたのか少し疑いの目を向けていた。


「では完成を楽しみにお待ちしています」




■□■⚔■□■




-食堂-


「宿舎に灯を設置……っと。他に宿舎改良の案はある?」


 如何にも簡易的で質素な食堂に、ソーラの声だけが響き渡る。

今は【モダン】をより便利な都市に発展する為の会議の真っ最中。因みに【モダン】とはこの都市の名の事。

 祖父が居た生死の境が【リアン】だとすれば、ここは現実世界【モダン】。

私はお爺ちゃんの意思を受け継ぎ、都市にこの名を命名した。


「では次に他国との交流についてなんだけど……何か案はある?」

「同盟を結託するのはどう?貿易とかで収入を得られるし何にせよ他の都市と信頼関係を築く事が出来るよ!」

「同盟か……確かに良い案だね。だけれどここは亜人種の居座る国。簡単に信用はされないと思うんだ」

「そうなれば無理にでも信用を得るしか術が………」

「実は私に一つ良い提案が有るんだ」


 ニヤッと自慢気な顔を見せるソーラに、会場に居た全員がソーラの返答だけを街じっと見つめる。


「今の現状を見ると、荒れ狂う氷河の中資源不足や食料不足などで崩壊寸前の街は数え切れないほど在る。だけれど逆にその状況を利用するんだ」

「それは崩壊寸前の街を救い出す……と解釈して宜しいのでしょうか?」

「よく分かったね。そうすれば信用を得られるし同盟を結託すると言っても過言ではないんじゃないかな?」

「それに同盟を結託出来る以外にも私達に利点はありますね。例えば資材収集や建築の人手不足の解消など………」

「す、凄い!確かに一石二鳥だねっ!」

「では、この案は通す決定でいいかな?反対意見はある?」


 この場に居る全員が勿論決定で大丈夫だとも、と言わんばかりの瞳でソーラをじっと見つめる。


「よし。じゃあこの案は建築総責任者のクルー君と資材収集班に伝えておくよ。ではこれにて解散!」

「緊急事態だ!」


 解散……と行きたい所だったが、食堂の扉が強引に開かれるなり先程まで和気あいあいとしていた食堂に緊張の空気が漂った。


「人が……都市に人が訪問して来た!中には右足に重傷を負った患者も居るぞ!」



























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る