第1章 大開拓時代の幕開け
006 無の領域【リアン】
「正直、達成感よりも疲労が上回っています……」
「それは共感。俺なんか四六時中、溶解炉の事しか頭に入っていなかった」
私の弱音にどんよりと椅子に
「一息吐きたい所だけれど都市発展はまだまだ始まったばかりだからね。休んではいられないよ」
「随分と鬼畜ですね。というよりか面倒な雑用を私に押し付けていたソーラさんは一体何をしていたんですか?」
「勿論。都市に住居可能な人材を勧誘していたんだよ!」
「その結果がこれですか?」
ソーラ自身は堂々と胸を張り答えているものの、都市には私達以外に数名の住居希望者しか集まっていなかった。
「ここに居る皆、無実の罪で流刑に処された者達だ。グレイシャの故郷の村に訪れたら運よく遭遇したんだ。結局、村には立入る事が禁止されていたから良かったよ」
「確かソーラさんが外出していたのは数日間ですよね。三か月半の猶予がありましたが他の時間は何をしていらっしゃったんでしょう?」
慌てる様に顔を背けたソーラに疑いの目を向ける。
もう逃げられまいと思ったその時。
「す……すみません!私のせいなんです!」
隣で私達の会話を聞いていた住居希望者の一人が声を張り上げた。確か……クライア・ルティーナ。私と同等、資材窃盗の罪で流刑に処された八歳の少女だろう。
こんな幼児までもが濡れ衣を着せられている現実にショックのあまり胸が張り裂けそうだった。
ところで私のせいとはどういう事なのだろうか。
話を続けてどうぞ、という目で彼女を見つめる。
「実は……ここに来る前にお母さんと逸れて……だから探しに行きたくてお姉ちゃんに頼んだの。そしたら一緒に探しに行ってくれたんだけどね、ずっと探したんだけど見つからなくて………グスッ」
突如瞳に涙を留まらせ滝のように一気に放流する少女に、涙を塞き止めようと慌てる。
「彼女の言う事は本当なんですか、ソーラさん?」
「……ま、まあね。心配していたから軽い気持ちで手助けしようと思っていたんだけど、いつの間にか重大な事態になっちゃって……」
頭をかくソーラに、思わず無言で俯いてしまう。それを私に失望されたかと思ったのかソーラは慌てて今の言葉を撤回しようとする。
そんなソーラに耐え切れなかった。いや、前々からの思念も何十と重なっているのかもしれない。
「何で私に頼ろうとしないんですかっ!?一人で誰かの命を背負って……!」
声を張り上げた私に、自身の想定と違かったのか驚いた顔を見せるソーラ。そんなソーラが見えたのも束の間、気が付いた時には視界が大きくぼやけていた。
自身の瞳から
「どうしてっ!自分だけ責任を負おうとするんですか!?周りには貴方を信じている仲間が居る!頼れる仲間が居る!」
「独りじゃないんだよ……」
荒れ狂う氷河にその声が響き渡った。だが力尽きたのか視界がぐらっと歪み、そこで意識が途切れた。
■□■⚔■□■
『………グレイシャ』
近く……いや耳元で聞き覚えのある声が響く。落ち着いているが芯の通った声。その囁き声を聞いてすぐさま誰かが分かった。
思わず飛び上がりその人物を懸命に探す……も、その必要もなく求めていた人物はすぐ隣に居座っていた。
『お爺ちゃん‼』
何時ぶりの再会だろうか。少なくとも八年は経っている。
だが私は生きている中で彼の事を忘れた事など一度もなかった。この八年間、一度たりとも。
『久しぶりだな、グレイシャ』
『久しぶりどころじゃないよ!私ね、ずっとお爺ちゃんの事を考えていたんだよ。
いつかこうやって再開できる日をずっと待ち望んでた……!』
『それは私もだよ。……しっかし、グレイシャは大きくなったなぁ』
『ふふっ。身長も五歳の時から五十も伸びたんだよ。でも、お爺ちゃんは変わらないけどね』
『成長期はとっくに過ぎてしまったからなぁ。グレイシャは今成長の真っ只中だろう?』
お爺ちゃんとの日常的な会話。何も変わっていない。これだけが私の宝物だった。まるで荒れ狂う氷河に芽生えた一つの蕾のように、この会話だけが私に希望を与えた。
だが人間の本能には敵わなかった。数々の疑問が見る見るうちにグレイシャを覆い尽す。
『ここは……何処なの?』
思わず漏れ出した一言。それがグレイシャと祖父の間に大きな亀裂を生みだした様に見えた。
『……無の領域【リアン】だよ』
『無の領域?』
そう訊ねると、祖父は突如物欲しそうな淋しい様な顔をして私を眺めた。
『【リアン】はね、天国でも地獄でも無い境の領域なんだ。ここは自身以外に何も無い……もしかしたら私と言う存在も元々は存在しないのかもしれない』
祖父の意味深な言葉に、思わず背筋が凍り俯く。祖父の顔を再度覗こうと恐る恐る顔を上げる……と、そこにはいつもの優しい顔に戻った祖父がこちらに笑い掛けていた。
でも目が笑っていなかった。まるで自分自身の選択に命を懸けるかの様に困惑している……そんな表情だった。
そんな彼を救いたかった。あの荒れ狂う氷河なんて見せたくなかった。その燃える様に熱い願望の塊が一気に押し寄せて来るようだった。
『ねぇねぇ。もしもここが私とお爺ちゃんしか存在しない無の領域なのであれば、これからは私、お爺ちゃんと一緒に暮らせるよね?私達の平穏な日常を妨げる害虫も、もう何もいないもんねっ!』
『グレイシャ………』
祖父の懇願する様な顔に何か見覚えがあった。だが思い出したくなかった。もしもこれ以上私と祖父の間に亀裂が入ってしまったら、もう何も取り戻せないと思ったから。
その思いだけを希望に、私は叫んだ。
『ここは私達の
邪魔者は消え失せろッ‼』
自分が今までに何度この願望を懇願した事か。
だけれど、懇願するだけじゃダメだった。瞬く間に全てが奪われていった。
だから、今度は私が奪ってやる。私達の日常を奪った
『……グレイシャ、もういいんだよ』
祖父の囁き声で我に返った。
気付いた時には自分が別人にでも覆い尽されたかのような感覚だった。
『わ、私………何して………』
『………グレイシャ。戸惑う必要は無い。それは其方自身の想いが具現化した者なんだ。家に帰りたい、その強い想いが一時的に暴走してしまっただけなんだよ』
『でもね、グレイシャ。君には君を待ち望んで居る者が存在するんだ』
すると突如、視界の奥から人影が見えた。いいや、人じゃない。亜人だ。それも私よりも年下ぐらいの少女。
「……グレイシャ!早く起きてよ!」
彼女の口からはそう発せられている様だった。だが思い出せない。肝心の彼女の名が思い出せなかった。
またもう一人の私がそれを阻止している。
『……貴方は誰?』
やっとの事で口から発せられた言葉。それに反応し亜人の少女が驚きの表情を見せる。
「……忘れたの!?ソーラだよ‼流刑されたアンタを助けた命の恩人の、ソーラ‼」
『………ソーラ』
そうだ。思い出した……。
私は流刑されて彼女に救われたんだ。種族差別のない国を造るべく、私を賛同者に導いた亜人。
『思い出したようだね。ほら、グレイシャには”仲間”が居るんだよ。君を解ってくれている頼れる”仲間”が』
『………お爺ちゃんは違うの?』
『私は仲間じゃないよ。でも、グレイシャの事を想っている”家族”さ。ここは無の領域【リアン】なんだ。ここに留まると決心した時にはもう後戻りは出来ない』
『お爺ちゃんは戻れないの?』
『……いいや。私はグレイシャをずっと見守り続けている。だから辛くなんて無いし寂しくもない。でもねグレイシャは違う。待っている者達が居るんだ。グレイシャがここに留まってしまえばその者達が悲しむだろう?だからグレイシャは
『で、でも………』
『君には置いてきた居場所があるのだろう?』
『………っ』
祖父の優しい微笑みに、胸の圧迫が解れてゆく。
もしも祖父が私の生存を望むのであれば、私は………。
『………分かった。でもね、これだけは絶対約束。最後は二人で一緒に焼き立てのパンを食べようね!』
『………勿論だとも』
最高の笑顔と共に私は祖父との別れを果たした。
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