003 採掘家の探求心
「………人?」
そこには、人間の男の姿があった。年は二、三十程だろうか。顔は土気色でもう命の灯も散っているようだった。
哀れに思うものの、探索を進める為に男の横を通り過ぎる。するとその後ろで何やら顔を曇らせたソーラが、突如男の前で
「遅れてしまってごめんなさい」
思わず振り返り、ソーラをじっと見つめる。目をぎゅっと瞑り、見も知らずの人間の死を哀れむ。その姿はまるで舞い降りた天女としか言いようがなかった。
これが哀情、なのだろうか。今まで何度も人間の死を見てきたが、このような死を哀れむ者は誰一人として見たことがなかった。
氷河期に突入してから、誰もが自分が生き残る為だけに今を生きて来ていた。
他人の死を哀れんでいる時間すら、彼らにとっては時間の無駄遣いだったのかもしれない。
私は人々を死の間際に陥れた氷河を、決して赦しはしない。だからこそ、私はソーラの役に立たなければならないのだ。
誰かに忠誠を誓ったのは、祖父が死んでから初めてだ。
ソーラを真似て、男に向かい哀情を注げる。死骸が放置されるのは可哀想かと思い、場所を移動する為男の体にそっと触れる。
そこで何らかの異変を覚えた。
「心臓が、心臓が微かに動いてる………まだ生きてる!」
■□■⚔■□■
―――男side―――
温かい……まるで春風の過行く野原に包み込まれるようだ……。感じたことは無いけれど。
「………はっ」
そんな快楽も束の間、思わず飛び上がるとそこには痛い程に見覚えのある光景が広がっていた。
洞窟……そうか。俺は禁止された溶解炉復興の為、各地の廃棄された採掘場を巡っていた。
この採掘場もその一つだった。だが探索の最中に事前に用意していた保存食が消えている事に気が付いて、探索を取りやめたが突如体が鉄のように重くなって………そこからの記憶が全くない。
人目に付く訳も無い洞窟の奥深くで人が倒れていたとしても、生き残れるはずがない。
なぜ俺が生きているんだろうかという疑問が、頭を埋め尽くすように広がる。
だが、今は理由をどうこう言っている暇は無い。瞬時に辺りを見回し、状況を把握すると、俺の真隣に女らしき人間の後ろ姿が見えたが、動いたため俺の存在に気が付いたのかその女が大声を張り上げた。
「ソーラさん!男性が起きましたよ!」
すると洞窟の奥からもう一人の声が聞こえた。こちらも女だろうか。声は10代としか言いようがない若さだった。
「え、本当!?待っててね、今ご飯持ってくるから」
何やら鞄を漁る音が聞こえると、声の聞こえる方から女が飛び出してきて俺の前に保存食らしき缶詰を置く。
礼を言う為に顔を上げ女をまじまじと確認する。年は15だろうか、などと考察している内に俺は何らかの異変に気が付いた。
少女の耳は先端が大きく尖っており、似ているものの人間とはかけ離れていた。
俺はその特徴に見覚えがあった。
「………あ………亜人!?」
思わず奇声を上げ叫び出すと、相手も驚いたのか俺と同じように声を張り上げる。
「……ごっほん。自己紹介が遅れたね。私はソーラ。既に気が付いていると思うけれど、私は亜人だ。でも怖がる心配はないよ。他種との共存を望む友好的な亜人だからね。れきっとした証人もいる」
するとソーラと名乗る亜人の後ろからちょこんと顔を覗せる少女が見えた。最初に俺の真隣で座っていた女だろう。彼女は亜人とは違い耳も正常で正真正銘の人間と言えた。
だが、なぜ人間である彼女が亜人と絡んでいるのだろうか。
「単刀直入に言いますが、彼女は亜人だの人間だのという種族差別を無くし、多彩な種が交われるような国造りを目指しています。私はその賛同者であり、ソーラさんと共に理想郷の開拓を行っています」
”亜人は悪”として育てられた俺には、眼中の少女が口にする言葉の意味が理解できなかった。
「君は……君は、亜人が怖くないのか?」
思わず軽率に訊ねてしまうが、彼女は今まで以上にきっぱりと、
「はい。全く」
と言った。それも俺の瞳に掴み掛るような真剣な瞳で。
すると今度は亜人の方が俺に訊ねかけて来た。
「う~ん……。でも何か疑問に思えてきたなぁ。なぜ人間は私達亜人を恐れるのだろうか。君なら分かる?」
「……親にそう教育されてきたからだよ。無知だったら何も警戒する必要ない」
正論をぶっ掛けたものの、亜人の顔は更に渋くなるばかり。
「それ、それだよ。それを教育した親を辿っていくと、最終的に何に辿り着くのだろうか。私が知りたいのは事の八端なんだよ」
「……確かに。考えてみれば知らないな」
「でしょ。まぁその話は思い込みが多数なんだろうけどね」
「それは確信できる証拠があるのか?」
思い込みだの言っているが、そもそも眼中の亜人が言っている事が真実であるかどうかは確定していないし、もし証人の少女も亜人とグルなのであれば俺が騙されている可能性も十分にある。
「じゃあ……君は実際に亜人の恐ろしい場面を見たことがあるの?」
「……ない」
「じゃあもしも親の言う事が正しくなければ?自身で確かめなければ分からないでしょ?」
「……確かに。そう言われてみればそうだな。まあ人間に例えようが見ず知らずのお前よりも縁のある家族の方が信用するだろ?」
「それはそうだね。まあ私達は貴方を陥れたい訳じゃないから、その事については自由にして貰って構わないよ。ただ私は、この果てしない氷河の灯となれる国を造りたいんだ。だから賛同者を集めている。ただそれだけなんだ」
「じゃあ、もし仮に俺が賛同者となった場合、お前は俺に何をして貰いたいんだ?」
「うーん。そうだね……。主に……溶解炉の建設や整備を行って欲しいかな」
「溶解炉……だと!?」
溶解炉、その言葉に思わず驚愕して身を乗り出してしまうが、すぐさま我に返り身を整えると、亜人は自慢気に胸を張って答えた。
「快適な国を築く為には溶解炉が必須でしょ!」
「ソーラさん。それって本来は私のセリフですよね?」
「だってだって……そうしたら私の見せ場無くなっちゃうじゃん。一つくらい奪っても仕方ないでしょお~」
「見せ場とか言ってる場合ですか?というか結局は最後まで説明できないのに……」
「う、うぐぐ………」
「……説明代わりますね。国造りには適切な気温が必須です。特に氷河期では。だから貴方には溶解炉の復旧を進めるべく、建設や採掘を行って欲しいのです」
建設や採掘……。まさに自身の専門分野という事に胸の興奮が溢れ出す。
俺がどれだけの時間を捧げ、溶解炉復旧を望み続けたことか……!
「勿論強制的ではないので、もしも貴方がこの要求を断るのであればここでおさらばですが」
今、俺の脳内は混沌の時代が幕を開けている。
亜人を信じるなという理性と、採掘家としての抑えきれない探求心が格闘している。
だが、食料が不足している今、このまま探索を続けた場合は確実に死に至る。
かといって荒れ狂う氷河の中を独り歩き続けるのも困難。
実質、俺には”賛同”しか選択肢が残されていないのだ。
「分かったよ。やればいいんだろやれば!」
結果、大格闘の勝者は探求心だった。まあ正直、誰かの言い伝えに縛られている人生なんて採掘家には不要なんだよ。
俺が選んだ道を歩めばいい。ただそれだけさ。
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