002 灯の洞窟



「ほ、本当に……いいの?」


 まるで子供の様に瞳を煌かせるソーラを前に、ふと以前の自分の面影と重なったのが分かった。

 昔は私も、こんな様に光を瞳に取り込んでいたのだろうと思うと、少し胸が痛くなった。

 でも、もし彼女が昔の自分と同じ立場に居るというならば。

祖父がしたように、私も彼女を慰めたい。

 そう、真剣な目で真正面から彼女を見つめる。


「えぇ。勿論です。ソーラさんのお役に立てるよう、こちらからも宜しくお願い

します」


「うん。宜しくね」


 ふっと微笑んで見せるソーラ。

その笑顔が私の生きる希望と化していくのは、もう間もない事であった。


「あ、そういえば君の名前を聞いてなかったね。何て言うの?」


「グレイシャ・パイオニアです」


 素直に答えると、ソーラは目を見開き如何にも驚いた顔をした。


「二つ名持ちだなんて………。ご、ごめん。亜人界では王族しか貰えないものだから、思わず驚いちゃった」


「へぇ。亜人界では珍しいんですね。逆に人間界では一つ名持ちの方が珍しいと思いますけれど」


 うんうん、と感心する私の横で、ぱっと何かを思いついたように自身の手を叩くソーラ。


「グレイシャが仲間になったんだから、早速国の建築を始めなきゃだね」


「確かに………こんな猛吹雪の中、如何なる方法で建築を進めるんですか?」


 そう訊ねると、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸を張るソーラ。

その自慢気さも、何処か新鮮さを感じさせた。


「それについては、私の方で一つ提案があるんだ」


「提案……ですか?詳しく聞かせてもらっても宜しいですか」


 するとソーラは突如立ち上がり、洞窟の外へと私を案内した。

それに従いソーラの背中を追うと、洞窟から数百メートル離れた地点で、ソーラの足は止まった。


「さ……寒い………。よくこんな猛吹雪の中歩き回れたよね………ックシュン」


「生まれた頃から棲んでいたんです。もう体が慣れたというか何というか………」


「やっぱり人間の熱変動能力は異常だな………」


「どういう事ですか?亜人の方が人間より熱変動に強いイメージがあるんですが」


「それは単なる仮想の話だよ。まぁ、確かにそう思われるのも訳が分かるけどね。

 亜人が熱変動に対して弱い理由としては、寿命が大きく関係している。亜人は人間の何倍もの寿命を持つけれど、寿命が長いという事は、外部に対する自身の感覚が鈍いという事だから、熱の変化を体内に取り込むまでに、膨大な時間が掛かるんだ」


 強靭な肉体を持つ亜人の思わぬ一面に、少し親近感が湧いたような気がした。


「そういえば、その提案というのは何だったんですか?」


「そうだ!話に夢中になってすっかり忘れていたよ」


 すると突如、降り頻る吹雪に素手を突き出すソーラ。

瞑想をするかの様に指先に全神経を集中させ目を瞑っていた。

 

「風鳥花月に誓う天よ、我を悪から守護したまえ!」


「<空壁スカイウォール>」


 その言葉と同時、私達を囲むように大きな結界が張られた。

体に異変を感じたのはそれからだった。


「雪が………消えてる?」


「お、よく気が付いたね。これで雪が防がれたから寒さも軽減したけど………。

気体とかの空気物質は防げないから、やっぱりまだ寒いんだよなぁ……。まあ、どちらにせよ結界も空気物質を取り入れちゃうし、結果的に同じだったんだけどね」


「………ひとつ、私に提案があるんですが」


「提案………?」


 少し垂れた目尻を更に垂らし、可愛らしい顔で私を見つめる。

私の目尻はキュッと釣り上がっている為、自然と冷徹と思われやすい。だから、そんなソーラが少し羨ましく思えた。


「はい。溶解炉、を建設してみてはどうでしょうか?」


「溶解炉?なんじゃそりゃ」


「私の村では代々、極寒に備え溶解炉が設置されていました。その性能こそが良品だったのですが、氷河期に突入した後、溶解炉の資源となる石炭が急速に減少し、石炭を巡る争いが勃発したため、一時使用停止となったのです。それも半世紀前の話ですから、人間界はともかく亜人界で知られるようなものではありません」


「それを、この国に造ろうと?」


「い、いえっ。浅はかなで軽率な提案ですので、別に無理に受け入れる必要は……」


「それだよ、それ‼それこそが私が賛同者を求めた訳だよ‼」


「へ?」


 一人でにはしゃぎ始めたソーラに、思わず素っ頓狂な声が出る。

と思えば急速に騒ぎは鎮まり、私の肩にとんと手を置いた。


「やっぱり国を独りで造るっていうのは相当難関な問題でしょ?でも誰か一人でも仲間がいると思えば意見も視点も大幅に広がるんだよ。ほら、三人寄れば文殊の知恵って言うでしょ?」


「二人ですけどね」


 確かに、と恥ずかしそうに頭をかくソーラに、思わず腹を抱えて笑い出してしまった。

 何処となく、ここが心地よかった。

一人で吹雪の中を歩いている時よりも、ずっと温かいような気がしたから……。




■□■⚔■□■




「ほ、本当に入るの?」


「はい。今更戻っても、あちらで野垂れ死ぬだけですよ」


 如何にも妖しげな雰囲気を漂わせている洞窟を前に、体を縮めるソーラ。

そんな彼女に容赦なく正論をかます私。

 目を疑わずにこの光景を眺められる者がいたとすれば、私はどれだけ心から尊敬するだろうか。


「溶解炉には石炭が必須です。まずは洞窟を探索して石炭の採掘を進めるのが良いでしょう」


「わ、分かったけど……絶対私から離れないでね!?」


「分かりましたよ。じゃあ、入りますよ」


 洞窟へ足を踏み込むと、私の後を追うように縮こまった体を更に縮こませ洞窟に足を踏み入れるソーラ。

 ゆえに数十分――――。

 寒さと疲労が重なり、極度の痺れが足を襲う。

人間の私は症状がまだ軽い方だったけれど、亜人のソーラとなればもう限界に近かった。

 瞳が微かに揺らいでいる。今も必死に苦痛に耐えているのだろうか。

これ以上の無理はさせられないと判断し、一時休憩を取ることにした。

 地面にへたり込んだ瞬間、数々の疑問が溢れ出すように浮かび上がった。


「本当に、辿り着けるの………?」


 口に出すことで更に疑問が深刻になる。

私の横に座っているソーラを横目で確認する。

顔は青く染まり微妙に見えた素肌には鳥肌が立っていた。

体は限界に達した事を必死に伝えていた。

 だけれど、瞳だけは違った。

揺らいではいるものの、確かに光が灯っており、まだ私は出来る、そう主張しているようにも見えた。


「ソーラさんは、どうしたいんですか?」


「どうしたいもないよ。私が目指すのは種族差別のない平和主義の国だからね。それを造る為なら、荒れ狂う氷河だって切り拓くよ」


「………そうですか」


 ソーラの願望に満ち溢れた返答に、力を貰う。

まあ、最初からそう答えるとは思っていたけれど。


「それじゃあ、探索を進め………」


「ぐ、グレイシャ!」


 すると突如、ソーラの焦った声が洞窟内に響きわたる。

慌てて奥へ駆けつけると、そこには驚きの光景があった。


「………人?」





 






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