九章 七
人形大戦の終結を逢子が知ったのは、涼風の部屋にいたときだった。床に置きっぱなしのフレキシブル端末タブロイド版、通称
「姉様、大戦が終わったんですって」
記事によると、大戦を率いていた中核を成す機械人形の完全破壊に成功した人々がいたようだ。主人を亡くして誰彼かまわず、もはや人類の絶滅すら計算に入れていた機械人形に近づくのは国軍でさえ不可能だった。不可能を可能にし、やり遂げた人がいたらしい。
記事は国軍や警察機構の有力者からの証言からなっていた。完全破壊に挑んだ人々は、違法改造が施された電磁銃や電磁刀を利用し、機械を外面通信面内面のすべてを同時に破壊することで機械人形の制圧に踏み切れたとされている。記事によれば、違法電流を帯びた武器が機械人形に流れこむと、高圧電流によって機械人形は制御基盤が破壊される。仲間内や電脳空間での伝達も遮断されるため、違法電磁武器への対抗策を仲間内に編み出させるための情報共有さえできなくなる。
そんな高圧電流を人が扱えるのかしら? 逢子が首をかしげつつ、熱心に記事を読んでいると頭をなでられた。
「よかったわね。あなた、このせいで家族をみんな殺されてしまったんでしょう」
逢子は自らの御加護、体質、生まれ育った村のいわれ、家族、過去をすべて涼風に打ち明けていた。機械人形には分からないと思うな、とメンテナンスに訪れた開発局の人間には笑われたこともあったが、逢子は覚悟を持って伝えてあった。
「あなた、わたしが憎くない?」
「どうしてそんなこと言うんですか」
「だって、あなたの家族を殺したのは機械人形よ。わたしと同じモノ。憎たらしくない?」
「姉様が私の家族を殺したわけじゃないでしょう」
「それはそうだけど」
「姉様はじゃあ、大戦でたくさんの機械人形を壊した人間が憎い?」
「わたしは憎いなんて感情も分からないのよ。おバカさんね」
それもそうだった。機械人形に情はない。目の前で自分とまったく同じ姿かたちの機械人形が廃棄処分されていく様子を見たところで、人が目の前で人が殺される瞬間を目の当たりにするような、こみあげてくる感情は何もない。何も感じない。黙って見守るだけ。感傷にすら浸れない。
逢子はたまに、そんな涼風が、どうしても、なぜか、悲しく思えてしまう。
「私、姉様が廃棄処分にされたらたくさん泣くと思います」端末をほうり捨てて、涼風にすり寄った。「でも姉様はきっと、私が死んでも泣かないんでしょうね」
「そうね」
泣く、涙を流す。涼風に悲哀の機能はつけられていない。涙を流さずに悲しみを訴えて、男の心を震わせることはできる。涙を伴わせずに悲しみを体現する涼風の自己表現技術は、他社や外国企業が羨望する技術力だ。
悲しいのに泣けない涼風をはじめて目にした逢子は、まるで代わりを担うように涙を流したこともあった。
「泣かないでしょうけれど、わたし、逢子が死んだらきっと悲しいわ」
「姉様は泣かないんじゃなくて、泣けないんですよね」
開発局に頼めば、もしかすると涙を流す機能はつけてもらえるかもしれない。仕事人間の一季ならば、どの感情がある閾値を超えたときに感涙するか、データの収集からはじめるだろう。快く引き受けてくれる未来も想像できた。
「そうね、泣けないの。泣けないけれど、ねえ、逢子、わたしより先に死んだりしちゃいやよ。わたし、あなたが死んだことで泣いて、機械人形なのに心を手に入れたとみなされて、廃棄処分になんかされたくないわ」
「姉様は、だって壊されたりしないでしょう」
「心を手に入れたら、もしかすると壊されてしまうかもね。機械にはよけいな機能だもの」
「そんなのいや」
家族を機械人形に殺されて、流れついた果てで得た新しい家族はくしくも機械人形の姉だった。
逢子は、しかし涼風に恨みなど抱いていなかった。涼風が逢子の家族を殺したわけでもなければ、人間の姉御分や同期たちのように、美貌を妬んでいじめてくることもなかった。
逢子は、深い愛情と慈しみを持って大切にしてくれる涼風が大好きだった。
「ねえ、逢子。だからわたしを壊されたくなかったら、あなたが死なないことよ」
「死なない、絶対に死なない。だってわたし、誰かを守るために生まれてきたって教わったんですから。もしものときは姉様だって守ります」
「ありがとう。でもあなたは人でわたしは機械人形なんだから、守るのはわたしよ」
人形大戦が終結したその日の記憶がふと、よみがえる。
機械人形を一撃で破壊させる武器を携え、大戦を終結に導いた人々のその後が報じられることはなかった。国や機械人形が運用される未来を救った英雄たちにもかかわらず、正体が暴かれることもなかった。軍の上層部に任命されたとか、機械人形を破壊する危険人物として監視生活を強いられているとか、根も葉もない噂が飛んではすぐに消えた。
そもそも高圧電流を利用した武器は、生身の人間が素手で持てる代物ではないと記事にあった。かといって機械人形が手に取って電流を流せば、相手よりも先にその個体が電流で破壊されてしまう。
まことしやかにささやかれる、人形大戦の噂話は尽きない。
大戦を終わらせた彼らは、開発局で新たに開発されていた機械人形を破壊するための機械人形なのではないか。
彼らが姿を消したのは、完成度の高さに恐れをなした開発局が廃棄処分したからではないか、と。
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