八章 七
生殖器を備えつけた女の体がいい。
人の、女の体が欲しい!
人には電脳中枢がない。代わりに脳がある。無線通信で情報を入れ替えて体を交換することはできないが、脳を交換すれば自分は人の体と入れ替われる。
そうしよう。頭だけ、生身の女と交換しよう。涼風の体は一季にくれてやればいい。生殖器さえ残っていれば、一季に問題はないはずだ。頭なんてあってもなくても関係ない。人の心は全身にあまねく分布しているのだと、一季が教えてくれた。なら頭くらいなくなったって、たいした問題ではない。
人の女の体に入った自分が逢子のように一季と性行為を行えば、子どもを宿せる。男の彼には下半身さえあればいいのだ。頭などいらない。彼は涼風の体に新たにつけられた陰茎部分に心を集中させて生きてきたのだろうから。
頭だけ……あればいい……
頭だけ交換すればいい……
涼風はひたすら強く願った。強く強く強く……もはや機械人形の閾値を越えた願かけだった。人のような姿を持ちながら人ではない涼風の願いに、何が共鳴したというのか。
ふと、髪の毛の一本が、ふわんと浮いた。
ふわん、ふわん、ふわん
毛束がさらに、持ちあがる。
ふわわん、ふわわん、ふわわん
もっともっと、もっと動いて。頭だけ、取れてしまってくれていいから。
ふわらん
ふわらん
髪が体を押さえつけた。肩をつかんで押し倒してこようとした客のようだった。痛くはなく、嫌でもなかった。これは、自分が望んだこと。
頭だけが、ぐぼっと引っこ抜かれた。
首から下に接続してある部品もついてきたが、気にしていられなかった。発声器官や、人でいうところの食道は涼風にとってのエネルギー倉庫。ついてくるのは仕方なかった。
ふらりと首を傾けると、移動できた。宙を漂えた。
ふわらんふわらん
ふわらんふわらん
舞踏会に出席できると知ったシンデレラのような舞いあがり方で、頭と髪でダンスを踊るように、涼風は飛んだ。空を浮遊しながら、めぼしい女を探した。一季に愛してもらえる女の体がいい。今すぐ一季の子どもを宿せるように、下腹部も濡らしてやろう。排卵した淫らな女がいい。
都合のいい女を見つけた涼風は、その女を愛撫した。胸から股間まで、唇だけを使って執拗に責めた。立っていられないほど熟れた女を見て、これなら確実だと考えた。
女の首を引っこ抜いて、代わりに自分の頭を乗せる。胴体には、付属の部品も挿入する。
一連の行為は叶わなかった。
なぜ?
帰結を、涼風は受け入れられなかった。
なぜ体に入れない。頭を引き抜き、のどから体内に続く食道も、自分の付属器官が入るくらいに引きずり出した。空洞となった胴体に、ずぶずぶと自分の臓器を沈めていけば、何事もなく再起動するはずだった。
涼風は、四人の女を同じ目に遭わせたが、その都度希望はついえた。
はやく、はやくしないと。涼風は五人目が不可能だったとき、とても焦った。時間的制約に縛られても、機械人形はミスを起こさないように焦燥感に駆られない。だが、涼風は内心、気が気ではなかった。気などあるはずもないのだが、今の涼風にはたしかにあった。気が、とても急いていた。
一季は死んでしまったから、肉体が新たな精子を作りだすことはもうない。冷凍保存されている精液が、この世に残る彼のすべてだ。限られている残量が逢子に使い切られてしまったら、自分は彼の子どもを宿せない……。
――そうじゃない。
そうだ、それでいい。彼は逢子の体に存分に精液を注げばいい。好きなだけ逢子を抱けばいい。逢子も妊娠すればいい。
逢子の体に自分が入ればいいのだ。
逢子の頭に涼風の頭がついていても、彼には分かりはしない。なんせ、その彼の体についていた頭こそが彼が抱いている逢子の体なのだ。首から下だけの機械人形に、女の顔かたちを判別する視覚はとうに消え去っている。陰茎だけが心の男に、逢子の頭が涼風と入れ替わっていようとも気づく方法がないのだから。
このときばかりは、逢子の体質も幸運だったと涼風には判断できた。逢子はその辺の女たちとは異なっている。御加護を受け、純潔のせいで呪詛や幽鬼を引き寄せてしまう。ということは、多少の融通は利く。頭を入れ替えるような、難題でも。
ああ、そうよ。逢子、あなたなら分かってくれるはずよ。わたしと同じように、あなたも一季さんが好きだったのならば同じよ。
あなたとわたしがひとつになればいいんだわ。
同じ人を想うわたしたち。二人が恋敵でなくなる、和解する方法はこんな身近な解決策として残されていたのね。なんてすてきなことなのかしら! 愛しい人と体をひとつにした次は、かわいい妹分と体を共有できるだなんて!
だから逢子、お願いよ。抵抗しないで。頭を引き抜かせて。
「お願い、逢子。死んで――」
その体をわたしに、恵んでちょうだい。
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