八章 六
視線がふたたび、逢子の股間へと落ちた。逢子が涼風に臀部を見せつけていた。桃のような尻を、この体の手がつかんでいる。割れ目の中央から、逢子から伸びる棒が――
涼風は、棒の正体を目の当たりにした。
映像を中止させ、意識を表出させた。急いで着物を左右に引っ張り、脚のあいだをのぞく。
映像の中で、逢子を突き刺していた棒があった。自分に、涼風の股間に、ぶらさがっている。むっちりとした女の太もものあいだにさがっている棒は、映像とは少し異なって、固さがない。棒をのぞくために屈めた上半身からも乳房がぶらんとさがる。
女の胸があり、男の陰茎もある。なんだ、この体は、どういうことだ。訳が分からない。
意識を中枢に戻し、映像を再開しようとした涼風は気配を感じた。
「一季さん」彼がとなりにいた。「これは、どういう、なんの、これは」
伝えるべきか否か。涼風が躊躇したのは一瞬だった。彼に対しては告げるまでもないことなのだと、顔も見えなければ雰囲気というあいまいなもので判断することができない涼風でさえ、五官の手段を使うことなく彼に伝わったと考えた。
「ぼくは今でも逢子を愛している。だから、決して死なないこの体なら、逢子の処女を貫くこともできた」
破瓜のために逢子が流した血を、一季が見せてきた。逢子の脚のあいだから流れる、痛々しくも瑞々しい真っ赤な血は、逢子が人である証拠だった。涼風が持っていない血を、逢子は惜しみなく垂れ流している。
「逢子を、どうするつもりですか……こんなこと、覚えさせて」
「こんなこととはお言葉じゃないか、ぼくの機械人形。簡単なことだよ。妊娠させるんだ。逢子に、ぼくの子どもを宿す」
「子どもって」
「逢子の体質を信じてはいなかったよ。それでも逢子が嫌がる可能性も考慮して、結婚後に体外受精を試すとか、方法はいくつも考えておいたんだ。支度として、ぼくの精液は冷凍保存してあった」
映像は、あくまで試作段階のための資料映像だと一季は口にした。次はもうこの陰茎内部に設置してある、滅菌チューブに彼の本物の精液を充てんする。彼が快楽の絶頂を感じ取ったとき、逢子の体内に精液を放出……射精するのだという。
「そんなことをしたら」
「ああ、間違いなく彼女は妊娠する」
逢子はまだ若い。体質が邪魔をしようと、娼館の健診で逢子の生殖器の排卵機能は正常に活動していることが診断されている。つまり逢子は体内に精液さえ侵入すれば、人並みに妊娠することも出産することも可能なのだ。
「ぼくの愛する逢子が、死んだぼくの子どもを妊娠したなんて知ったらどう思うだろう。涼風、君には想像つかないだろうね。逢子は喜ぶんだ、絶対にね。だからぼくもそのときになったら、逢子にすべてを打ち明ける。ぼくは死んでいなかったんだってね。そしてぼくは逢子を愛し続け、逢子が宿してくれたぼくの子どもも愛す。いつかは二人も機械人形に体を移し替えて、不老不死にしてあげるのさ」
ごらん、と。一季が流す映像など、涼風は見ていなかった。試作段階で逢子の体内に出した液体はただの潤滑剤で、次はこれを本物にするのだと熱弁していたが、涼風は記憶の必要がないと判断した。人でいうところの、興味がないという感覚だった。
言いようのない喪失感があったことは記憶していた。何かが、欠落してしまったようなこれは、涼風にとって不思議だった。ほろほろと崩れ、ぽっかりと口を開けた穴の底へと破片が砕け散っていく。欠けた破片が落ちていくことで穴の内部に光が差しこまれるが、深い闇にとってわずかな抵抗は無意味に等しい。この穴へ落ちたらどうなるのだろうかと涼風は想像し、恐怖に震えた。穴に手を伸ばして、破片を取り戻したいとも思った。破片をもとの場所に戻すにはどうすればいい。そもそも、破片の正体はなんだ。涼風は考えた。破片の正体は分からない、だが取り戻さなくてはならないことだけは分かっていた。
破片も、この体も。
開発者の一季に涼風は逆らえない。一季が勝手に改造を施したこの体を、涼風は今、自分の体とはとても認められなかった。
何より、この体では逢子に対抗できない!
逢子には生殖器がある。人との子どもを宿せるあの体は、愛する人との子を……一季との子どもを逢子は宿せる。しかし自分だって、愛玩用として生まれてきた自分だって一季を愛していた。間違いない。これは愛だ。それに涼風は、自分のほうがより強く一季を愛している自信があった。自分はすでに彼と体を一体化させている。逢子にだって負けやしない。
失ったものは、そうか、自分の体か。いや、これは失ったわけではない。失うべきだったのだと言い換えよう。一季が、生身の体では御加護を受ける体質の逢子を愛せなかったように。自分にとっても、この体は不必要なのだ。そうして、新たな体が必要な時が来ただけだ。更新の時期がやってきただけだ。
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