八章 五
逢子にどうしてあげたらいいだろう。自分は人をしあわせにするために生まれてきた機械人形。涼風は開発途上の愛玩用機械人形とはいえ、必死に計算した。かわいい妹分の逢子、自分のためにあれこれ世話を焼いてくれた。機械人形とは知らされていない娼婦たちから涼風が意地悪をされたとき、かばってくれたのも逢子だ。逢子も、美貌のために周囲からとても妬まれていた。妬みの感情が呪詛となって逢子を苦しめるから、楼主は逢子のために娼館全体を自警団の拝み屋に頼んで守護の結界を張ってもらった。特別扱いがまた火に油を注ぎ、逢子は集団生活から完全に引き離され、涼風と生活することになった。
一季の内部から、逢子のデータを展開した。逢子が一季となっている涼風とする会話から、何かヒントを得られないか考えた。
涼風は発見した。
一季が厳重なロックをかけて、パスワードまでつけて保存している情報があった。人でいうところの、墓場まで隠し持っていくと決心した秘密だ。
涼風はロックの解除を試みた。何度も挑めば一季に気づかれてしまう。せめて三回が限度だ。彼が考えるパスワードなど、逢子に関連しているものに決まっているが、果たして、逢子の誕生日ではなかった。かといって自らの生年月日という単純な数字の羅列を、一季が採用するか。試してみたが違っていた。ではなんだろうかと、涼風は改めて一季について考えた。
涼風が目覚めた日。完成した機械人形に電気を通して起動させた日。涼風の誕生日として一季が教えて、決めてくれた日がある。逢子はその日をかならず祝ってくれたし、一季も祝福と検査のために訪れてくれた。涼風はあるとき、人の誕生日というものに疑問を抱いた。なぜ人はその日を選んで生まれてくるのか。受精卵が発生し、母体からこの世に産み落とされるにあたって成長に必要な日数を経た胎児が出てきただけの日、とは分かっているが、同一日同時刻に受精した卵はまったく同じ日にちの同じ時間に出生するか。しない。なぜだろう。
涼風はそこから、なぜ自分の誕生日が今日なのかと、一季に尋ねた。涼風にとっての母胎内での成長は、開発者たちの製造にあたる。製造が完了してすぐに電気をとおして起動させてもかまいはしないはずが、涼風の起動にはタイムラグがあった。必要な点検があって起動が先延ばしになったのか。それとも何か、理由があったのか。
「人間ならば勘がいい、と称賛しているよ。涼風」まだ生身の肉体があったころの一季が涼風を褒めそやした。「欠陥が見つかったとかじゃない。ぼくは君を起動させる日を選んだ。今日の日付にしたかったんだ」
「なぜですか」
「死んだ人間が生き返るにあたっては、一度生まれた日と同じ日がいいだろう」
一季の言葉の意味は分からなかったが、とにかく涼風の誕生日と制定した日に、一季は何か強い思い入れがあるのだなと涼風は記憶していた。娼館の最上階にある涼風の部屋から、階下の人形屋敷街を睥睨し、ずっと遠くのどこかを眺める一季の横顔とともに。
ロックは解除された。涼風の誕生日だった。自分をここまで大切に感じてくれているのかと涼風は思い直したが、直後、人ならば絶望に落ちただろう衝撃を受けた。
見た。
目で見たわけではなかった。人でいうところの、眠るときに眼球を使わずに見るという、夢のようなもの。
惚けた口から唾液をだらだら垂らす逢子は裸だった。視界がおりると、あらわになった乳房がある。あおむけに横たわっていても、皮膚の限界までつめこまれた逢子の脂肪は形を変えずに丸みを帯びている。血のめぐりがよくなったせいもあってか、赤らんでもいた。空気がめいっぱい入って膨らむ風船のようにぷっくらしていた。空気を入れる口元のように、胸の先端もぴんと立っている。
肉づきのいい胸に反して、ほっそりした胴体からさらに絞られていく、くびれ。左右からくの字を書いたように、きゅうっと細くなる。骨盤によって細身は解消されるが、横の次は上……下腹部がぺっこりへこんでいる。涼風は、呪われ屋という職の収入が不安定で、まともに食事を得られていないせいで痩せてしまったのかと逢子を案じた。今度はもっと精がつく食べ物を持って行ってあげようとメモした。
骨盤のあいだ、やや下側にふんわりと生える、女の園をいたずらに隠す茂みの下――そこに、涼風が知る、女の体にはないものが伸びていた。逢子の体にこんなものがあるなんて知らなかった。いっしょに入浴した時でも、気づかなかった。まさか人の女の体には、いきなり、何か生えることがあるのだろうか。
もしやこの茶と紫を微妙に混ぜた見目の悪い、巨大なミミズに似た棒が、逢子を守る御加護というものなのだろうか。逢子の秘部から伸びている棒に、涼風は思考がとまった。これが逢子の意思に反して勝手に動き、相手を殺すのか。
棒が動いた。逢子の内部に、出入りをはじめた。棒の動きに合わせて、逢子が悲鳴をあげる。苦しそうだ。涼風は胸がざわついた。これは逢子から発生した棒ではない、と気づいた。気づきがあっても理解には至らず、ざわめきが治まらない。逢子の意思とは無関係に棒は動いている。
「あねさまっ」
腕を伸ばしてくる逢子に、視界が動く。視線は淫靡な顔に落下し、暗くなった。音声は続く。ぴちゃぴちゃと、割れた水槽内で水を求めてはねる金魚に似た水の音は、内部から響いた。
目が開く。視界が少し広くなったおかげで、収集可能な情報が増える。うつぶせの逢子は、汗ばんだ体を布団に押しつけていた。涼風を呼んで伸ばしていた手は、シーツを握りしめている。休みなく与えられる衝撃に、そり返る背骨が必死に耐えていた。とても苦しそうな顔の逢子は、今にも意識が別な世界へ向かいそうなところを、押しとどめている。そのくせ、表情や吐息が、全力の拒否を示してはいない。
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