八章 一
呪われている子。
逢子をはじめて目にしたとき、涼風はそう判断した。
機械人形は、呪詛や幽鬼などとはまったくかかわり合いがない。心を持つ人間のみが、心でもって強く強く念じたり祈ったりすることで生まれる超常現象の類だからだ。機械人形の彼女には、呪いなんてわが身に関するところにあるものではなかった。
妹分として連れてこられた逢子を目にして、涼風は、これが、人が恐れる呪いというものなのかと理解した。
この子は呪われている。
本人が説明するには、御加護なのだという。逢子の純潔を守るための神からの御加護だというが、涼風は呪いを御加護に上書き修正すべきとの判断はくださなかった。
第一に、逢子の美しさ。美女の容姿についてのデータを統計的に算出して造られた涼風と、逢子はまったく違っていた。目や鼻はいうまでもなく、唇の厚み。頬骨の高さ。肌の白さ。二重の幅。眉の角度。ひたいの形。髪の毛の繊細さ。美女のデータの平均値を取った涼風に対し、逢子はすべて、圧倒的に勝っていた。人の手が造りだす美よりも、自然が決定した逢子の美は、本人は意図していなかったにしても、この世に存在するすべての女を上回っていた。
周囲は逢子の容姿を妬み、ひがんで陰口をささやくこともあった。露骨に嫌な顔をする女もいたし、毛嫌いする娼婦もいた。いずれ自分の客を取られるであろう懸念から、わざと怪我を負わせようとする女さえいた。
涼風が、逢子をうらやむことはなかった。
心がない機械人形だから、ではない。
美しさゆえに、逢子は呪われているのだ。純潔だからこそ、その体を求めてすり寄ってくる呪詛や幽鬼がいる。逢子が生まれた村の女が持つ美しさと絶対的な母性に惹かれて、自分たちのようなものでも受け入れてくれるだろうと近づいてくる。
美しさの代償として負わなければならない体質を呪いと呼ばずに、なんと名づける。
涼風がもっとも不幸と判断したのは、男を殺す御加護だ。
己が己でいられる時間は、人はとても短い。機械人形と異なり、人には寿命がある。永遠の命を持つ機械人形にとって生殖は不要だが、人は次世代を残すために生殖が必須だ。そのため自らが持つ生殖器を使用する行為がある。性行為、セックス。人にしか行えないはずの行為を、しかし逢子の体は拒否する。
生贄となるためだけにあった体は、生命の神秘さえ受け入れられない。逢子自身がどんなに男性との性行為を望んでも、御加護が許してくれない。
そうして逢子は、涼風の開発者でもある一季を殺してしまった。
逢子は彼を殺した直後、涼風のひざにすがりついて泣きじゃくった。妹分の説明は要領を得なかったが、彼女が殺意を持って殺したわけではない。彼女の体がやったことには変わりないが、決して殺人とは呼べない。おとがめはないと、楼主も開発局職員も逢子を責めなかった。
「信じられないわ……」
「姉様には信じられないかもしれません。何度お話しても、そうなのとしか言わなかったでしょう。でもこれで、分かっていただけたと思います。これが私の体質、私が生まれた犠牲の村の女が持つ御加護なんです。でもだからって、私があの人を殺したことには違いないのに、誰も責めてくれないなんて!」
責め苦がないことこそ、逢子に与えられた罰のようなものだった。もちろん楼主も開発局職員もそういう意味で逢子に罪なしと判断したわけではない。けれども、恋しい人を殺してしまった逢子にとっては、せめて彼が死んだ苦しみを和らげてくれる何かしらが欲しかった。罰の痛みで一時でも彼の死を忘れられるなら、どんな重罪でも本望だった。
涼風がもしも死んで詫びろと告げれば、逢子は迷いなく命を絶っていた。
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