七章 五

 強引に酩酊まで運ばれた逢子は、思考がとろけ落ちた。涼風から離れようと手に力をこめても、腰が抜けて立てない。太ももをこすりあわせても追い出そうにも、むしろ涼風の指を固定すらしてしまっている。これじゃいけないと頭で分かっているのに、体が言うとおりに動かない。

 逢子を本当に支えてくれていた涼風の左手も動いた。肩に乗っていた手がうつる先は、わき腹で、逢子が脱力してしまったのはくすぐられてしまったから。


「やめてっ、あねさまぁ」


 ちっとも楽しくなんてないのに、声が漏れる。涼風もつられて笑ってくれて、うれしいと思ったのはもう少し小さなころだった。今、彼女の指は、とめどない愛撫によって血流がよくなり、普段よりもさらに膨張した逢子の胸に伸ばされた。下からもにゅりと揉んできて、人差し指と中指が胸の先の実りを力なく挟む。見たことがある男のやり口とは違い、涼風の仕草はかわいらしくもあった。


 茂みの奥の果実をすっかりぐじゅぐじゅにとろけさせた指が、少し、おりた。

 手のひらを上に向けた状態で、涼風のもっとも長く美しい中央の指が、入ってきた。熊が長い舌を器用に扱って、蜜をためこむ蜂の巣の奥の奥に差しこむように。

 吐息もない涼風との情事は、いつも自分の声や卑猥な音ばかりが耳につく。それが一層、逢子の快感を助長させてくる。


「ほら、逢子見なさい。わたしが持っていなくてあなただけが持っているものが、こんなに反応しているのよ」


 そうは言われても、行為の時は目を伏せているように教えられていた。身についている逢子は、だからいつも涼風に――それとも、あれは一季だった? どちらか分からないけれど、機械人形に愛撫されるときはいつも目を閉じていた。目を開けていると怖いからね、そう先輩娼婦に教わった。何が怖いのか、行為のあいだは怖いものがやってくるのか、男が恐ろしく見えるのか、はたまた快楽が恐怖なのか。分かりはしなかったけれど、教えに従って逢子はいつも目を閉じていた。


 今日は、本当に肝が冷える恐ろしさを味わった。さっきまでいいようのない恐怖に追いつめられていたはずなのに、どうして今は、こんな淫らに狂っているのだろう。


 生きながら体が腐るよりももっともっと怖い、心の蹂躙があった。それを失った元人間の元恋人に襲われそうになって……今は、同じ体の機械人形に慰められている。


「いいわ、逢子。もう整ったわね。これならきっと、平気ね」


 一季が、涼風に表出してくる前……あのときは、それとも涼風だった? 分からない。今となってはどちらが誰だったのか、誰が誰なのかもう分からない。ただ、唇の動きはまったく同じだ。


 これなら平気とは、なんだ。


「こんなに興奮していたら、すっかり排卵しているでしょう」


 どうして彼女もまた、一季と同じことを繰り返す。

 卵巣から放出された卵子が、子宮内部で精子が到着するときを心待ちにしている。そんな、人間の女の胎内でしか起こりえない事実を、なぜ彼女が確認する必要があるのだ。


 逢子を見おろしながら、涼風が。


 とてもとても高いところから見おろしていた。


「あね、さま……」


 土間から這いあがる冷えに、体が占領されたようだった。

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