七章 三

 それから、長い付き合いの親友の言葉を反芻することで理解が増した。


「望む、か」

「おれたちは欲しがらずともついてる。おれもお前も、野郎の第二の脳と呼んでもいいこれを持ってる」


 そうだ。けれど持っていなかった場合、はじめから不必要と判断されて取り外されていた場合、なくても不便を感じることはない。機械人形。あって困るケースはあれど、なくて不都合が生じることはない。心のない機械。不都合と出会うことがない。

 では、出会ってしまった不都合はなんだ。


「涼風が、望んだのかもしれないな」


 女は望む。愛しい男の子どもを、この身に宿したい。

 そのための臓器、生殖器がなかったらどうする。そもそも機械の体では妊娠など望めない。望むなど開発者は思ってもいないし、そうさせる理由もないからだ。

 理由がないだけで、つけることは不可能ではない。現代技術なら可能だ。恋しい人の精子さえあれば、機械人形が将来の卵子を持っていなくても提供を受ければいい。今時はその程度の不妊治療なら確立されている。遺伝子上の親が異なる問題などずいぶんとむかしに解決されたし、機械に遺伝子などないから、そのあたりのあきらめは人間よりははやかっただろう。


 自分が持つ生殖器は陰茎ではなく子宮であるとして、ではなぜ自分は子宮を求めるのかと考えたら、愛しい人の子どもを残したいから。愛しい人の子どもを残したいと考える理由は、恋をしているから。恋愛の逆算だ。涼風は、子宮を欲しがる自分の思考を確立させるために、恋愛相手を求めた。機械として矛盾を解消させるために。


「涼風が恋をするとしたら、相手は誰だ」

「定期的に会いに来る太い客とかだろ。二重の意味で」


 自分の下ネタに笑える美静を見ていると、魁人はつくづくしあわせな男だと感じる。

 機械人形を店に置く契約を交わしているくらいだから、楼主は涼風にもっと稼いでもらいたいと考えているはずだ。となると開発者側の権限で、お金を出す客が魅力的だと判断するように涼風の回路をいじっているかもしれない。だが理由としては弱い気がする。人形屋敷街に来る男たちは総じて懐に余裕がある。男たちが涼風に求めることも同じだ。酒を注いで話を聞いて、甘えさせて、わがままを聞いてほしい。どの男も代わり映えはしない。抜きん出て涼風の目に映る男ではないといけないだろう。

 ほかの誰とも異なる男。うっぷんを晴らすために来るわけではない男。


「はじめて目にした男はどうだ」

「刻印付けか? 結局は親どまりだろ」

「人の親への思慕の情と恋人への情、機械人形に違いが分かると思うか」

「主人には一様に同じ敬愛を示す機械人形なら、その辺の差異はつけられないかもしれないな」


 仮に涼風に基礎データとして、人の女のように、根底に好みの男性データが入力されていたらどうだ。開発者の代表として一季のデータが入っていて、子が親へ抱く情として一季の顔が学習の基盤に入っているとする。理想として追い求めるべき男性そのものが目の前に現れた場合、どんな女であろうとも、異性に恋心を抱かずにはいられない。人の子は幼少時に異性親に恋心を抱き、嫌悪して乗り越える過程を経ることで成長していく。成長する必要がない機械人形なら、経る過程を無視して恋心を抱いたままで居続けるかもしれない。


「それなのに、涼風の体にあるのは人工子宮じゃない」

「人工のちんこだ。サイズとかどうしたんだろうな。絶対に自分のやつより一回り大きくしただろうな。おれならそうする」


 自分で考えておきながら美静は笑いのつぼに入ったらしい。腹を抱えて笑っている。


「涼風は欲しがらなかったんだろうか。体を貸している一季に、自分にも女となる生殖器をつけてくれって頼んだりしなかったのか」

「機械が人に何かを頼もうなんておこがましいし、さっきも言ったが人工子宮の搭載は法律違反だ」


 人は機械に要求しかしない。要求するのはいつも人だ。機械人形は人の要求を承るためだけに生まれてきている。


「涼風は一季に恋をしていた。その恋の最果てのなんたるかを、涼風は知っている」

「ザッツ、セックス」

「けれどそれは叶わない。涼風にはそれをするための生殖器がないから」


「バカかお前は。逢子に惚れてあの女に似たんじゃないか、あいつは体だがお前は脳がとろけたんじゃないのか」先ほどまでおちゃらけていた美静は、スプーンが刺さらないほど固いアイスのように冷淡な口調で言いはなった。「必要なのはそれじゃないだろ」

「あ? どういうことだ」

「バカかって言ったんだ」

「そこじゃない。そこも腹立たしいことは腹立たしいが、死ぬまで無視することにする。そのあとだ、俺が聞きたいのは」


 新月溝を囲う、背の高い柵に背中を預けた美静が魁人を見やる。背後には涼風やかつて逢子が勤めていた大店の摩天楼もそびえ立ち、美静の言葉がいかに信頼できるか援護しようというすごみを持っている。本人はというと、腕組みをして、今からまたお前をバカにしますと言わんばかりの見下した態度だった。


「涼風と一季はひとつの体を共有してるんだ。お前、自分の体の中にいる逢子とセックスできんのか」

「ひとつになりたいと思ったことはあるよ。男だからな、それは否定しない」


 いうなれば、言葉の綾だ。現実問題、ひとつの体を二人で共有したいわけじゃない。

 涼風と一季は現に、ひとつの体を共有している。本来は涼風のものであった、機械であれど、彼女が長く付き合い続けた女の肉体。ところが開発者権限という親のわがままが行使され、涼風の肉体につけられた生殖器は男性のものだ。涼風が望むものではない。


「涼風は、子宮が欲しいわけじゃない、のか」


 だとすれば、涼風が真実望んでいるものは――。


「逢子が危ない」


 蘇芳色の羽織を翻し、魁人は元来た道を駆けていった。


「おれを置いていくのか。それでも親友か、おい、女におれは負けるのか。まあ勝ってもうれしくはないし気色悪くて吐きそうになるが」


 遠ざかっていく友の背中を見つめながらぼやき、やれと、美静もゆっくりと戻り足になる。遅ればせながら魁人と同じ結論に達した頭は、即座に脚を急がせる決心をした。


 魁人とは異なる道へと。

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