七章 一
「二年前に死んだそいつは、永遠の命を求めて自分の記憶を電脳空間に預けて死後も復活が望めるようにしておいた。そして実際に死に、
「それを拝み屋の君は憑依っていえるか」
「電子機器を使った憑依現象だな。移動にあたっては無線通信が必須だが、人形屋敷街で通信がつながらない場所はない。それに涼風以外に憑依する目的がない限りは、つながらなくても不便はないだろうな。開発局の人間が考えることには今もむかしも恐れいるな」
そのつもりになれば、一季は電脳空間に逃れることもできる。人形屋敷街の警備用機械人形や接客用機械人形に逃れて、涼風ではなく別な個体で逢子と再会することも可能だ。憑依された個体を捕まえて廃棄処分にしても、内部情報が別個体に転送されてしまっては果てのないいたちごっこが待っている。恐ろしい話ではあるが、人類の夢である永遠の命を考えついたという意味では、逢子が恋心を抱くに値する年上の博識さがあったのだろう。
「乗っ取られた時点で涼風がどう思う、というかどう考えるか。まあ機械人形は人に従順だし、涼風にとって開発者は親みたいなものか。なんでも言うこと聞くだろうな」
「おれなら親ってだけで威張る野郎はお断りだ」
「君ならな」
指図されることが大嫌いな美静は、親という看板だけで子どもに融通を期待する連中が大嫌いだ。言うことが聞けないなら死ねと怒鳴られ、死んでやると出ていったくらいだ。
「しかし、ウイルスと検知されて入れてもらえないような気もするんだけどな」
「乗っ取りじゃなくて招き入れたんだろ。涼風が開発者だと判断したならな」
「開発者ってだけで入れるか?」
「開発者権限とかあるんじゃないか」
そうだろうか。涼風の内部にはすでに涼風の人工知能が入れてあり、そこに新たなデータ――それも人一人分の知能をつめこんだものが入る余地はあるだろうか。何かを失わせる必要があったとしたら、何を消すか。自らが積みあげてきた学習データなら、電脳空間に送れば解決する。一時的に保存したデータは必要に応じて取り出せば済む。本体に空いた容量に一季を招き入れた。これなら理屈がとおらないこともないな、歩きながら魁人は解を導き出した。
では、なぜ涼風がそこまでするのだろうか。
簡単な答えはある。美静の言葉どおり、一季が開発者だから。愛玩用機械人形、涼風にとって一季がいなければ、自分は目を覚ますことがなかった。人でいうところの親が涼風にとっては一季だ。産んでくれた両親に感謝をしましょうなど、あいにく心はあっても生まれつき親がいた記憶がなければ拾ってくれた大人に恩を抱いた記憶もない魁人にとっても、ともに逃げ出した美静にとっても、それを考えるのはとても難しい話だった。
なんのために、何をするために生まれてきたのか分からない。人が一生を費やしても見つけられない答え。反して涼風は、明確な役割を持って生まれてきた。そのために生まれさせられたといっても過言ではない。
人とのつながり、男女の恋についてデータを取る。人と色恋沙汰のまねごとをし、最果てとなる性行為に至るまでの関係性を続ける。性行為を行う関係にまで持ちこまなければならないが、涼風は行えない。機械の体に性行為を行う女性型の機能は搭載されていないのだと、逢子が教えてくれた。
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