六章 六

「いやです、いやです、ごめんなさい、いやです、いやなんです、許してください」

「あの汚れた布団が嫌ならいいんだよ。ぼくは場所なんてどうだっていいんだ。相手が逢子である限り、場所も時間も人目もなんだっていいんだ」


 抵抗する逢子の両手首を、涼風が片手でぎっちりとつかんでくる。頭上に掲げさせられたせいで、顔をふさげなくなった。眼前に一季が躍り出てくる。

 逢子は涙で視界をくもらせて、その恐ろしい顔を見ないようにするだけで精いっぱいだった。


「一度じゃ心配なんだよ、逢子。お願いだ。今日だけ我慢してくれたら、明日からはぼくが我慢する。頼むよ」

「一度って、なんのことですか」

「君も自分の体のことだから分かるだろう。君の体の腐敗進行を考えたら、妊娠が確実な排卵日に行為をするのは危険だ。だからまだ体がきれいに整っているうちに、君の体に」


 はだけたままの着物の下、火がついたろうそくのような逢子の肌をかの人の指が伝う。怖気が走って気色悪さに震える逢子を気にもとめない指は、寄り道などせず、一直線に降下する。とんと、押されるのは、皮越しの臓器。


「ここに、ぼくの子どもの種を入れるんだ」


 ままならない呼吸で、逢子は、酸素不足の脳を必死に働かせた。内臓にさえ鳥肌が生まれたような気がして、口から胃の中身はおろか、内臓すべてを吐き戻しそうだった。


「昨日もね、たくさん君の中に入れたんだよ。ぼくの精液。二年ものあいだ冷凍保存してあったんだけど、解凍しても元気に生きているものなんだ。おどろいたよ。陰茎に充填したら、あとはぼくが君の体内で快楽の頂点に達したときに放出されるように設計しておいた。どう考えてもぼくは人そのものだろう?」


 ああ、もう何も考えられない。助けてと誰かに頼りたい気力さえ、かすみがかって消えていった。


 昨日、涼風が帰った直後からだった。異常なほど、体の腐敗が進行した。正体を教えてくれたのは美静だ。一季が、逢子に向けた愛の言葉だと。


 彼がどうやって直接、逢子のもとに来られようか。死んで魂だけとなった彼では、自分に近づけない。何かに憑依しなければ、彼の魂もまた呪いや幽鬼としてこの体は傷として受け入れ、月の障りと同時に雲散霧消させてしまう。


 では、呪いをかけるとして、何に憑依して近づいてきた?


 涼風。逢子に近づく方法としてはうってつけの憑依体だった。

 そして一季は、逢子の体に痕跡を色濃く残していった。それも体内の深き底へ――自身の分身たる、数億個もの膨大な数を。わずか一日で、呪われ屋が一ヶ月の時間をかけて受ける呪いの総量にも匹敵するほど。


「たすけて……」


 逢子は泣きじゃくった。涼風ではなく一季だった涼風の体に愛撫されていた逢子の体は、もう一度彼を受け入れる支度をすっかり整えていた。それでも彼は念入りに、逢子の蜜がとろけだす入り口を指でまさぐっていた。熱心な一季に、逢子の叫びは聞こえておらず、ならば逢子が救いを求める相手にも届くはずはなかったが。


「魁人さんたすけて……」


 求めずにはもう、いられなかった。

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