六章 五

 一季は、今、なんて言ったのか?


「あの男だって、って……一季さん、それ、どういう」

「どうもこうもないさ」


 一季の死後、逢子の初夜の権利を得た二人の男たち。やはり逢子の御加護によって死亡したものとばかり思われていた。実際に逢子もそうだと信じていた。自分が、また殺してしまったのだと。


「涼風の体は客を眠らせるための睡眠誘導フェロモンを放出できるし、手っ取り早く睡眠剤を投与することもできる。それで君を眠らせたすきに、連中を殺したんだ。ぼくから君を奪おうとするから」


 あれは、あの二人はじゃあ、自分のせいで死んだのではなかったのか……?

 いや、見方を変えれば同じこと。御加護によって死んだ一季の嫉妬心を生み出してしまった自分のせいだ。


「君とぼくの……まあ、パッと見は涼風か。二人がセックスする姿でも見せれば、あきらめがつくかと思ったんだよ。ぼくだってそんな手荒なまねはしたくないし、あの男に太刀打ちは……」


 語尾を濁す一季のつぶやきに、尋ね直せるほど逢子は余裕がなかった。聞けばよかったのかと思ったのは、一季が荒々しい声を取り戻したからだった。


「君があの男に惚れているとしたら、君は、あんな男でさえ死んだら悲しむだろう。逢子は優しいからね、きっと泣いてしまう。惚れていなかったとしても。ぼくは君を泣かせたいわけじゃないんだ。悲しませたいわけでもないんだ。ぼくは逢子が大事だから」


 いったい、どの口が自分を大事だと。それは涼風の口だ。あの美しい機械人形の姉御分。逢子をいつでもそばで、優しく見守ってくれていた。逢子にとっての残された唯一の家族は、逢子を傷つけようなんてことは一切しなかった。


「もう、やめて……」


 もういい、やめて。話さないで。その口で、涼風の唇で、体で、自分への愛を叫ばないで。そんなのは涼風じゃない。そして彼は、一季でもない。


 生身の肉体を喪った彼はもう、人ではない。私が愛した初恋の人じゃない。


「逢子、愛しているよ。ぼくとひとつになろう。家族になろうよ。さあおいで」

「いや……」


 ぐずりながら、逢子は膿と腐汁だらけの布団から畳へと後ずさった。さらに逃れようとして手を後ろについたが、畳も上がり框もなかった。手は落下して、土間へと落ちた。体も引っ張られて転落する。


「逢子!」


 座敷からこちらをのぞいてくる涼風の恐ろしさといったらなかった。あんなに大好きだった姉御分が、いまでは百鬼のごとき様相を呈している。

 逢子はさらに戸に向かってさがっていった。なんとしてでも逃げなければならない。逃げよう。逃げる。逃げたい。逃走の意欲だけが頭を占めた。


「なぜ逃げるんだ、逢子」


 一季が追わないわけもなかった。体に軽く着物をはおらせると、土間におり立つ。逢子を真上から見おろしてくる。おもむろに腰を曲げる涼風の黒髪のカーテンに、逢子は視界をさえぎられた。


「はなして、はなしてください……」


 腕をつかまれた逢子は泣いて懇願した。涼風も一季も、顔色ひとつ変えなかった。


「君はぼくを愛していたじゃないか」

「むかしの話です、ごめんなさい、許してください」

「けれどぼくが生きていたら、君は今でもぼくを愛してくれていた。そうだろう。死んだくらいささいなことだよ。肉体が消えてなくなっただけだ。今のぼくは機械の体を得て、永遠の命を手に入れたんだ」


 永遠の命。逢子は鳥肌をたてた。この世でもっとも恐ろしい響きが鼓膜を震わせたように思えた。人が追い求めてやまないそれは、しかし心を持つ人間にはあまりにも不似合いだ。心と永遠の命は両立しない。朝と夜が同居しないように、空と海がつながらないように、同衾が許されない禁忌の関係なのだ。


「さあおいで、逢子。セックスをしよう。いつものように、ぼくに組み敷かれてかわいく鳴いてくれないか」

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