六章 三

 はじめのうちは、娼婦の疑似姉妹がするままごとだった。逢子がもう少し若いころは、指導として行われていたことでもある。客を悦ばせる手練手管を、姉御分が妹分に指導する。床の相手の際、自分が相手に何をすればいいのか。相手に何かをされたとき、どう反応すればいいか。涼風は機械人形で客を取らない。そういった技術はあるはずもなく、逢子に教える必要もなかった。別な娼婦が代わりに教えてくれていた。


 涼風の慰みは、逢子は姉妹のじゃれあいだと思っていた。エスカレートしていっても、イヤとは口にしなかった。男とは行為に至れない、なら、相手が女で機械人形の涼風ならば決して死なない。諦観の境地に至った逢子は、抵抗ひとつしなかった。


 すると涼風の中にいた一季は自分の――涼風の腕の中で淫らに舞い踊る逢子を見て、興奮が抑えきれなくなっていった。逢子は涼風の体が機械で女であるから受け入れ続けていたというのに、一季は真逆の欲望をたぎらせていた。己の望む兆候は何ひとつ生じない、もどかしかった。逢子にしてやりたいことは無数にある。だがどれも成し遂げられない。


 男として、逢子に快楽を与えてやりたい。


 涼風の体内で、一季は考えた。まだ逢子に、自分の正体を明かすわけにはいかなかった。男である証が何もない自分が逢子の目の前に現れたところで無意味だ。何もしてやれない。心に凪をくれてやったって、愛する女性の体を自分の女にしてやれないのなら――。


 涼風のメンテナンスに訪れる整備用機械人形に、一季は生前の権限を行使した。まずは機械人形に取りつけ可能な陰茎の開発、充填する自分の精液の確保。逢子に自らの子どもを宿す際、どうしても性行為が不可能ならば人工授精という形で子どもを得ようと考えていたために保存してあった。どうせ自分の体から排出されたものだ、どう扱おうと本人の勝手だ。


 開発は思いのほか時間が必要だった。特に陰茎の製作だ。自分のモノに似せようとはするのだが、男の欲がうめいた。もう少し太くしようか、いやそれでは自分とは違ってしまう。逢子に快楽を与えるためには、サイズが欲しい。しかし自分のモノとそっくりそのままではないと、自分と逢子の行為とはいえないのではないか。製作というよりも、一人で黙考する時間が欲しかった。


 そのあいだに逢子は店を辞め、涼風のそばからいなくなることになった。これではいけないと、姉御分の涼風として、妹分への心遣いから訪れる口実を作った。長屋にこもりきりの逢子は、たった一人の来訪者としての涼風を快く受け入れてくれた。


 呪われ屋となった逢子は、商売で受けるストレス……呪いの肩代わりを依頼してくる客が呪われた身勝手な理由を涼風に打ち明けた。生来の気の強さを持っている逢子は、自業自得な呪いの理由によく憤慨していた。ならば追い返せばいいものを、勝手に引き受けてしまうから仕方ないと、己の体も踏まえて二重に憤っていた。一季には、結局のところ逢子が招いているのだろうとしか思えずにいた。


 一季は涼風の意識の奥に身をひそめているあいだでも、逢子の体をずっと見つめていた。呪いによって腐っていく体は何度見ても痛々しかった。しだいに、逢子の血に嫉妬するようになった。自分よりも先に逢子の肌を這って伝う赤い滴を見て、己の舌を重ねて歯ぎしりもした。月の障りのあとの美しい体にももちろん興奮したが、肌と肉との境目が消えそうになる、崩れゆく赤茶けた肉に頬ずりして、自分を逢子の肉にまみれさせてしまいと思うようになった。


 話を聞いてもらっても、日用品を届けてもらっても、逢子は何もお礼ができない自分を申し訳なく思っていた。弱みにつけこんだのは一季だった。その体を自分に委ねてみないかと、はじめて口にしたときの逢子はどんな顔をしていただろうか。自らの運命を悟った愛しい彼女は、そうあるべきだと従順だったかどうか……。


「じゃあ、今まで私のことを」

「そう、ぼくなんだよ」


 逢子は全身がかあっと熱くなった。涼風に体を預けていたとばかり思っていた。本当は、自分が殺した初恋の人だったなんて! 涼風ならば同性で、裸を見られることにははじめから抵抗はなかった。目の前で着替えたことだってあった。涼風がほんのいたずらでくすぐってきたときも、機械がいたずらでこんなこともできるようになるんだと感心したくらいだった。やがてあられもない姿で嬌声を張りあげるようになっても、相手が涼風だから、羞恥心よりも悦楽が強かったというのに……ああ、そんな……。

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