五章 三
「もしもだ。死んだ一季が、この世のどこかに存在していると仮定しよう」
「幽鬼として存在しているってか? くだらん。二度死ね」
悪態をつく美静が、いつからこんな拝み屋となったのか。一桁年齢で、四捨五入をすればこの世から消えてしまうころからそばにいた魁人でも覚えていない。それくらいむかしからその手のものと付き合ってきた男ともいえるし、魁人も知っている。
「魂ってのは、ようは心が肉体を喪ってさらけだされたままの状態だ。そんなやつがいるんだとすれば、心がなくて肉体だけで動いてる機械人形と大差がない」
「問題はそこなんだよ」
そこ、と示す魁人の指が、美静は癪に障った。くわえていた煙草の、高温で赤く染まる烈火を魁人の指先に押しつける。じゅうっと皮膚が焼けた音をたて、痛覚と反射神経が働いた魁人が勢いよく手を引っこめた。
「前々から思っていたことがある。今改めて聞く。君は鬼か」
「悪いな。お前にはどう見えているか知らんが、こう見えておれは人間なんだ」軽く冗談交じりで茶化しあったあと、明後日のほうを向いた美静が繰り返した。「人だよ。おれもお前もな」
「分かってるよ」
心がある証拠といってもいい。魁人は今、逢子を求めてやまない。彼女が欲しくてたまらない日々を送っている。美静も毎日、拝み屋を頼ってくるろくでなしどもに皮肉と罵倒を繰り出している。機械人形には、恋する感情も嫌悪する気持ちも分からない。これらを理解し、自分の感情として認知し、扱える。自分たちは人だった。
「仮の話だ。一季が幽鬼になって逢子の前に現れたとして、どうやって呪いをかけたんだろう」
「あの女は呪い、それに準ずるものはなんでも引き寄せて体に取りこむ。月の障りがくれば血の穢れによって、いわゆる経血とともに呪詛ごと落とすようだな。あいつのそばにさらけ出されたままの死人の魂が近づいたら、磁石に引きつけられた砂鉄みたいにひっついて離れられなくなるぞ。距離は呪いにとって障害だ。離れるほど弱まり、対象を見失う。近いほど強まり、怨敵を確実に狙える。あれくらい強力だと、すぐそばからかけたに違いないが、さらけ出されたままの魂は近づくだけで体に取りこまれる」
「じゃあ一季はどうやって、逢子に呪いをかけたんだ」
逢子は呪詛や幽鬼を引き寄せことするものの、見えはしないのだと口にしていた。
一季と相対し話をすれば、呪いのつもりではなかったと返されるだろう。文言としては恋人に伝える愛の手紙だ。いうなれば、一季はどうやって逢子に知られずに近づいて、愛を語りかけたのか。
かつて逢子を愛し、逢子も想っていた男。魁人にとっての恋敵だが、それもすべて生きていればの話だ。死んでいる事実を知っているからこそ平然としていられたが、もしもまだどこかにいるのだとすれば嫉妬心が胸中を占める。
逢子が、一季を求めたらどうする。死んでいると分かっていても、むしろ自分が殺した罪悪感もあればなおのこと、可能性は低くない。そうなったら、自分が分け入る余地はない。失恋だけならまだ救われるが、逢子が、死んだ元恋人相手にどう出るか分からない。
「考えられる手段としては、何かに憑依した状態で近づけばいい。そうすれば浮遊しているわけでもないから、逢子に引き寄せられて離れられないということはない」
「それこそ、涼風とかか?」
まさかそんな冗談。
「どうした」
一笑に付そうとした魁人の脇で、美静が足をとめた。
「人型が憑依にうってつけだって口にしたのは、どこのどいつだ」
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