五章 ニ

「肉体を離れた魂はむき出しの状態では長くいられない。その辺を漂う呪詛に取りこまれたり、幽鬼に食われたり、神に浄化されたりするからな。死んじゃいるんだが、死んだ自覚がない連中は死後もなおまだ死にたくないと喘いで、なんとか生き延びようと画策する」


「それがなんだっていうんだ」


「お前が言ったんだろうが、バカ。機械人形には永遠の命があるんだろう。死んだと自覚できない人間の魂を機械人形に入れてやれば、心と永遠の命を得た完全無欠な存在が完成するわけだ」

「そんなこと……誰が考える」

「おれが考えた」


 身もふたもない。「それはそうかもしれないがな」


「そうだ、だが」美静が中指でずれた眼鏡の位置を戻す。「おれが考えついたわけじゃないだろう」


 魁人と同じブーツを履いた美静の足が、地面の小石を蹴飛ばした。黙ったまま数歩進み、同じ小石を蹴って進む。また蹴る。そしてまた進む。


「この石は今、おれが蹴ったからこんなところにある。だがはじめからここにあったわけじゃない。かといっておれがむかしどこからか蹴ってきてここに置いたわけでもない。誰かがおれみたいに蹴るか、運ぶかしたから、こんなところにあるんだ」


 こんな小石、蹴りたくなくても誰かが足先にこつんとぶつけてしまうこともあるだろう。美静は意図的に蹴った。しかし、偶然にも足にぶつけしまった人間もいるに違いない。似たようなことを、意識的か無意識かは別にしても、誰かがやった試しはあるはずだ。

 この小石に、いちばんに触れた人物は誰か。誰も知りようがない答えは、この世に無数に存在する。


「ま、土中から出てきたんだろうけどよ」


 機械人形を憑代として、人の魂を吹きこむ。人が長年求めてやまなかった永遠の命は、こんなに近いところにあった。考え抜いた結果か、偶然生まれた発見か……自分が目にする機会がなかっただけで、誰かがすでに考えついている物事も無数に存在する。


 自分がはじめてなど、おごり高ぶった考えも甚だしい。


 細かなパーツは劣化していく。機械人形自体も日々、型番が古くなっていく。古くなるということは、新しい型番が日夜生まれているということだ。昨今の機械人形は、主人の求めに対応し続け、学習研さんを積み重ねた記憶データを電脳空間で保存する。新たな型番の機械人形に保存済みのデータを移行すれば、新たな機械人形は性能をグレードアップさせつつも、主人に仕えていた過去のデータも引き継いで利用することが可能だ。


「欲張りなどっかのバカが考えついたに違いない。心も欲しい、永遠の命も欲しい。欲しいと泣き喚けばなんでも買ってもらえる金持ちの強欲お坊ちゃんが考えつきそうなくだらんアイディアだ。おれたちとは大違いのな」


「だな、はは」


 貧民窟にて生まれ育った者同士。人形大戦に身を投じた若い時代に功績をあげた結果、二人の今がある。致命傷を負った回数も、記憶の限り一桁では済まない。けれども今、二人はこうして生きていた。


 心はある。だからどちらも人間だ。自分たちは人間の男で、永遠の命はない。


 だが、俺なら逢子を受け入れられるだろう。魁人には確信があった。決して死なずに、逢子を受け入れられる。

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