三章 五
「逢子、愛しているよ。ぼくと家族になろう」
物音さえ、美静に遠慮して消え失せた静寂が満ちる。
頭が真っ白になった。
下腹部の深い深いところで、血だまりが生まれたような気がした。擦り傷を負った箇所が熱さを持つような、腫物がじくじくと痛むような――苦しい。涙を伴う痛み。
「心当たりがあるのか」
魁人に、うなずいて答えたかった。でもできない。首を振ったら、涙がこぼれてしまいそうだったから。
ある。あるなんてものじゃない。
でも、でも、嘘だ。そんなのは嘘だ。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。あの人が私を呪うはずなんか――
呪われて当然、その考えもよぎる。
でも、けれど。頭の中で理性と感情がせめぎ合う。真っ白な閃光が脳を占めて、もう何も考えられない。
「うそよ……」
はらはらと、涙が散った。水っ気のない涙なのか、布団に落ちる音さえしなかった。どこかに飛んで消えてしまった、渡り鳥のよう。いっそ悲しみもどこかへ連れていってくれればいいのに、飛び去った鳥の濁りはいつまでも心に残り続ける。
「ショックを受けるかもしれないとおれは警告しただろ」
「想像していた度合いが違うんだよ。それ以上言って逢子を傷つけないでくれ」
「どうなろうとおれの知ったことじゃないって言っただろうが」
わざとらしく大きな舌打ちをして、美静は頭をかきむしった。自警団の一員にもかかわらず、泣く女に慣れていないようだった。
「分かったよ、お前の負担が軽減するようにこういうふうに言ってやろう。この言葉が呪いじゃないとするならば、これを言った本人はとっくに死んでる」
「どの辺が軽減するっていうんだ」
「呪いじゃないってあたりだ」
「死んでるって言ってるじゃないか」
「死んでいるわ」
男二人の視線を集める。かつては美貌で、今は言葉で。
美しさとはかけ離れた涙が、逢子の目からとめどなく流れ続けていた。
言われるまでもなかった。これを言ってくれた人はもう、死んでいる。
「だって、私が殺したんだもの」
つぶやいて、吐しゃ物と自らの体の破片に顔を埋めて、逢子は激しく泣き出した。
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