四章 一
体に呪いによる傷が現れては雑草人形が奪い取る。イタチごっこの攻防のさなか、嗚咽から解放された逢子が応じた。
「殺したって、どういうことだ」
「私、東北の田舎の生まれなの」
「犠牲の村だな」
魁人の問いかけに答えるには、己の出生から話さなければならない。長くなると思っていたのだが、美静が知っているとは、すなおにおどろきが隠せなかった。腕のいい拝み屋を自称するだけのことはあったようだ。さすがに見直してしまう。
「なんだ、その、やけに物騒な名前の村は」
「人柱とかあるだろ。山が崩落したり干ばつが続いたりしたら、土地の神様が怒っていると考えて生贄を捧げる。だが身内や部落内から犠牲者は選べないし、生贄には処女性や美貌が求められるから見つからないこともある。神様の好みなんてどこのどいつが聞いたのか知らないけどな、そういうことになってるんだ」
「まさか」
「そうだよ。生贄を提供するための村、犠牲の村、この女の村はそう呼ばれてきたんだ」
村で生まれ育った逢子には、己が犠牲になる未来がおかしいこととは何ひとつ思わなかった。山奥の秘境に存在した逢子の村が外部からそう呼ばれていたことは知っていた。けれどそれ以上、詳しい話は分からなかった。犠牲になる、という意味の。
村には女しかいなかった。
逢子自身、母がいて、妹が二人いたのは覚えている、母の妹も三人いた。しかし、気づけば家族は逢子と母しか残らなかった。
母の妹も自分の妹も、いつの間にか消えていた。
生贄を求められ供物として売られていったのだと。ある年齢に達したとき周りに教えられても、別段悲しいこととは思わなかった。
「土地がすでに神聖な場所にあるから、私たちは害悪になるものと決して触れ合わないで育つの。いずれ、神様のものになる体だから。でもだからこそ、俗世間に出たら呪いや幽鬼を引き寄せる」
だから、村の女たちは決して村の外に出ない。閉鎖的な環境に嫌気が差して逃走する女もいなかったわけではないが、腐った体で戻ってくるか、のたれ死んだと風の噂で耳にするかのどちらか。死んだ以外の生き延び方をしたと聞いたのは、たった一人だった。
女たちが外に出られるのは、生贄となるとき――つまりは、人々の犠牲になって死ぬときと決まっている。だから村の中では、人のために生きる、誰かの犠牲になることが最上の幸せだと教えられる。
多くの命を救うためにあるたったひとつの命、なんて尊いことだろうか!
ずっと、そう教えられて育ってきた。だから生贄となって死ねることは、村ではとても名誉なことだった。村の娘たちにとって、生贄に選ばれた女は羨望の的ですらあった。
「女しかいない村だって噂を聞きつけた男たちが、たまに襲いに来ることもあった。でもそれもすべて、未遂に終わる」
生贄になるためには、処女性が何よりも必須だった。
だから、村の女たちには加護があった。
どんな男にも決して汚されることのない、御加護。
夜這いをかけに来た、近場に住む若い衆、遠くからわざわざ足を運んだ山賊たち。力で女をわが物にしようとすれば、彼らは御加護によって殺される。
村の女たちの処女性を守るための御加護が男たちを殺した。男であれば例外はない、と聞かされていた。たとえ犬であろうと馬であろうと、村の女たちの処女性を汚す雄ならばなんでも殺せたそうだ。
「でも、先の大戦で村は全滅したの」
大戦が起こっている。秘境の村にも一報は届いた。都市部だけの内紛かと思われていたから、田舎の村にまで波及することはないだろう。近場で争いが起こったと耳にしても、こんな秘境は見つかりっこない。まだまだ他人事と安心していた。
毒牙は、東北の山村の奥にまで浸食してきた。
「まさかあんなところにまで
「あのポンコツロボットは人間を皆殺しにするつもりだったんだ。熱感知、生命反応を利用してどこまでも進んでいったさ。田舎の村だって例外じゃない」
終結はほんの数年前の話だ。
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