二章 一

「殺されたいの?」

「美人が使う物騒な言葉は真実味があって恐ろしい。使用は控えることをすすめる」


 ははっと、魁人は笑った。軽薄に、軽快に。

 あきれた。あきれることさえ疲れた気がする。信じられないことに、この男は毎日やってきた。毎日のように、ではなく、実際問題毎日やってきた。今日で八日連続、信じられない。

 頭引き抜き事件の捜査協力もしているはずだが、その合間を抜け出して来ているらしい。これでは事件の真相解明は永遠に来ないだろう。それとも自警団の空中分解が先か。第二部隊の部隊長様がこれでは組織がどう機能しているのか。


「俺がいなくたってなんとかなってる証拠だよ」

「なんとかしてあげてる部下を気づかいなさいよ」

「会ったこともない俺の部下を気づかってくれるなんて優しいな」


 そんな男が今日持参してきたのは、女がとりあえず喜びそうという安直な品選びと断定されても文句は言えない一品。黒みを帯びるほど熟した赤が華々しい薔薇が四本、レース調の不織布に包まれている。花言葉と本数の意味を知らずに人形屋敷街で生きているやつはいないので、知っていて選んだ男に伝えられる言葉は少ない。


「ありがとう。もういいでしょう、帰って」

「今日は受け取ってくれるんだな」

「だって枯れたら気兼ねなく捨てられるからね」

「それでも受け取ってもらえてうれしいよ。今日はイイ日だ」


 本当に、どうして、あきれさせてくれる男だった。持ってくるものといえばアクセサリー、新しい服、コスメ、スウィーツ……フレグランスを持ってこられた昨日は本気でキレた。体が腐ったらどうしたって腐臭からは逃げられない。自分が悪臭の源泉になっているのだから、香水を混ぜたところで悪化の支援になるだけ。それでも気にはしているのに、プレゼントなんて口実でにおいを消せと言われているのかと思ったら一瞬で不愉快になった。投げ返した瓶を持ち帰っていく姿が悲しげであったものの、これで来なくなってくれたらと祈っていたのに、今日も来る。すべてをけろっと忘れてやって来た。まったくめげない。

 本当に、あきれてしまう。


「でも枯れたら捨てられるってかわいそうよね」

「昨日の投げ返されたフレグランスが聞いたら泣くんじゃないか」

「フレグランスよりも泣きそうな顔を見たけどね」

「はは、泣いてはいなかったさ。泣いては、決して、断じて」

「ふふ。じゃあ罪悪感を覚えなくて済むわ、よかった」


 笑って会話をしてしまうようになるくらいには、あきれもあきれてとおり過ぎた。


「体調はどうなんだ。見たところ、まだ体に呪いを引き取った兆候が見られないけれど」

「月経はだいたい七日前後。今日は八日目、まだ続いてるみたい。だからあなたが女性から呪われていたとしても、肩代わりはしてあげられないの」

「呪われるようなことをした覚えはないんだけどな」

「身に覚えがないっていちばん厄介なのよ」

「ああ、拝み屋の友人も似たようなことを言っていたよ。呪い返しするにしても、返す相手が分からないってのは面倒らしいな」


 顔を見られてしまった以上、今さら布団にもぐって会話をするのもバカらしい。面と向かい合って会話できる相手が、涼風たった一人から増える未来なんてないと思っていたのに、こんな男にさらけだしてしまっている。くやしさがある一方で、涼風も知りえない自警団の仕事内容や、近況報告、変わったケンカの話題、親友である拝み屋の男の話は特にたくさん聞かされる。はいはい流していたのも初日くらいと気づいた。どうやらこの男は話術が巧みらしい。聞いていてくすっとしてしまい、はっと真顔に戻ったら今度は向こうが笑う。それで機嫌を損ねても、この男はほかの男と違って逆に機嫌を損ねたりしないので気が楽だった。


 けれど――そろそろか。八日目。期限だ。見せてやらないといけない。この体が呪いを肩代わりしたばっかりに、腐って、ひどく醜い女に変貌した姿を見せてやらないといけない。嫌というほど見せつけてやって、もう二度とこんなところに足を踏み入れないようにしてやらなくてはいけない。


「まだ犯人とか、原因とか、見つかってないならさっさとなんとかしてきなさいよ。街の人が安心して外を出歩けないじゃない。夜が稼ぎ時の街だっていうのに」

「逢子が安心して過ごせるようになんとかするよ」

「私じゃない。どうせ外なんか出ないんだから、私には関係ないわ」

「関係ないと言いながら街のみんなを心配するんだ。逢子は、本当は優しいくせに、それを隠す。なぜ?」

「帰れ」


 戸を指さしたら、けらけら笑いながら魁人が腰をあげた。土間にしっかりと、重厚感のある編み上げブーツを履いた二本脚を立たせる。毎日来ていても、居座るのはせいぜい一時間といったところだ。なんだかんだで自警団の仕事をきちんとこなしているところは、悪くないというか、まあ、当たり前といえば当たり前なのだが、はじめほど印象は悪くなくなった。


「また来るよ」

「もう来るな」


 いつものやり取りを繰り返すようになって、一週間。本当にいつか、もう来なくなる日がくればいいのだが、本当に来なくなったとき、自分は、何を思うのだろう。

 帰っていった後ろ姿が明日、また正面を向いた形で来るのか来ないのか……。


 と、戸が開いた。なんだ、明日と言わずにもう戻ってきたのか。

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