一章 ニ


「申し遅れた。俺は自警団の第二部隊に属している、魁人かいとという」

「自警団がなんの用事よ」

「その様子だと本当に知らないんだな」

「だから何が」


 男はしばし黙した。

 疑われているのか? 清廉潔白の身と胸を張ることはできないが、かといってここ最近に思い当たる節はない。


 自警団の主な仕事は人形屋敷街の治安維持だ。娼館ひしめくこの街では、誰かをめぐって誰かと誰かがいさかいを起こし、すぐさま喧嘩に至る。流血沙汰さえ日常茶飯事だ。日常の延長線上には殺しもある。殺人を伴う事件ともなれば警察も介入するが、娼館という店を抱えた特殊な土地柄、外部の人間よりは自警団のほうが捜査はやりやすい。おかげで彼らは、夜は自警団の見回り、昼間は警察の捜査協力といった、昼夜を問わない働き方をする。多忙な職務で有名だが、高級娼館に自由に出入りできるという恩恵にもあずかれるのでなり手は少なくない。


 となると、何か事件があったのだろう。

 先ほどの女絡みの。


「君は、どうやらこの家から出ないらしいな」

「街中を歩いているだけで、私はその辺を飛んでいく最中の呪いや幽鬼を呼び寄せる体質なの。だから家のあちこちに魔除けのお札を貼って、ずっとこの中で過ごしているわけ」

「体質? どういった理屈なんだ」

「関係ないでしょう」

「手厳しいな」


 自警団の男。だからなんだ? たしかにかつては逢子も娼婦だった。人形屋敷街の娼館に勤めていた過去がある以上、自警団に世話になった経験はある。

 だが過去は過去だ。今はもう関係ない。


「まあ、知らないのなら教えよう。ここ最近、周辺で奇妙な噂が流れているんだ」


 家から出ず、近所の住民とも最低限のかかわり合いしか持たない、悪臭を定期的に垂れ流す女の家に興味を持ってやってくる者などいない。人目を避けて生きる逢子にとって、近場とはいえ噂話を耳にする機会はなかった。

 事件くらいになれば、ネットニュースで情報は得られるが、人づての噂は耳が届かない。


「頭だけで飛ぶ女が目撃されると、頭が引っこ抜かれた女の死体が発見される」


 淡々と述べる男の言葉に、理解が及ばない。


「それは、なんなの? 殺された女が、頭だけでも飛ばして救いを求めているっていうの? それとも頭だけで飛ぶ女が先? だとすれば、頭だけで飛ぶ女が、女を殺して仲間に引き入れるってでもいうの? そもそも頭だけで飛ぶって何?」

「すべて答えよう。何ひとつ分かっちゃいない」


 期待はしていなかったが、ひとつも分かっていないというのも問題だ。自警団ならなおのこと歯がゆいだろう。

 男は続けた。


「頭だけで飛ぶ女の首から下っていうのも、妙な話でな。ろくろ首なんて聞いたことあるか? あれは体から首を伸ばして頭を動かしているらしいが、それとは別なんだ。首から下についているものは体ではなくて、体の部品……つまり、臓器をぶらさげている。ところが手足の生えた身体というものは、目撃されていない」


 頭だけで飛びながら、臓器をぶらさげている女――。

 夜間に目撃したら、と想像するだけでぞっとした。自分でさえ夜に出歩きなんかしたら、他人に与える恐怖の量は尋常ではない。自分と五分を張りそうなそんな化け物と、もしも純な身で遭遇したらと考えるだけで震えた。


「昨晩、その頭だけで飛ぶ女が姿を表した。この長屋のすぐそばでね」

「じゃあ……」さっきの写真の女の。「死体が、見つかったって?」

「頭が引き抜かれていた」


 まるで、頭だけで飛ぶ女が仲間を作ろうとするように。


 女の死体も、頭を胴体から引き抜かれたせいで、首から下には食道などの臓器をくっつけたままだった。とはいえ、彼女は頭だけで飛ぶことは叶わなかったようで、地面にべたりと落ちていた。


 果たして彼女は、頭だけで空を舞うことを望んでいただろうか。

 それとも、飛んでいた頭は彼女だったのだろうか。


「人形屋敷街の娼婦だったこともあって、俺たちが出張っている。それで昨晩の、この女の足取りを追ったところ、死ぬ直前にここを訪ねていたことが分かった」

「だから犯人じゃないかと疑って私に話を聞きに来た」

「怪しんでいるわけじゃない、と俺は嘘をつけないから、まあ、そういうことだ」


 それもそうだ。呪われ屋なんて職をしているくらいだから、人知の及ばない方法で人を殺せると思われたって仕方ない。呪いを奪う代わりに、与えることだって不可能ではないと考える人間だっている。たまに呪い屋と間違えて、誰彼を呪い殺してくれと頼まれることだってあった。

 けれども。


「私じゃない」


 そういうに生まれついているのだ。

 かつて生じた人形大戦という争いで、逢子の産まれた村は全滅した。自分一人だけが、たまたま生き残った。本来絶たれるはずの命は逢子だけだったのに、自分の代わりを引き受けるかのように村人全員が殺戮の海に沈んだ。


 唯一の生存者は人形屋敷街の娼館に引き取られて、いっぱしの女となるまで面倒を見てもらった。養育の恩を仇で返した後悔もあり、今はもう一人で生きている。


 一人で生きるしか、残された道はなかった。

 もしくは――。


「殺されていた女には、もうひとつ特徴があった」


 昨晩の事件で、被害者は四人目となる。

 人形屋敷街ではよくある愛憎の果ての事件とは異なる事件の様相は、頭が引っこ抜かれていただけではない。

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