序章 三
幸か不幸か、痴態を目撃している人物は見当たらない。さっきまでは人が恋しくてたまらなかったのに、今では誰もいないことに感謝すらしていた。
よかった、誰もいなくて。こんな化け物に愛撫されて濡れているところなんて、誰にも見られたくない……。
舌はやがて、彼女が恋しい人のために取っておいた蜜を滴らせる巣窟に迫っていく。すぼめられた舌先が差しこまれた。彼女をもっともっと味わおうと掘っていく。
女の口が蜜をこぼし、彼女の太ももを伝って垂れていった。敏感な彼女にはそれすら快楽の手助けにしかならない。ぬるぬると落ちていく蜜は、男の濡れた指先が太ももをなでまわす幻覚を彼女に与えた。求めている指先を持つあの人はもう、店に来てしまっただろうか。
ああ、なんだって、どうしてこんなことになったのだろう。
噂。
頭だけで飛ぶ女の噂、続きを教えてくれたあの人。あの人のために、自分の今日のこの滴はあったはずなのに。恥ずかしいところ、この心。すべてはあの人のために取っておいたはずだったのに。
なんだっけ、なんだっけ。
頭だけで飛ぶ女が目撃される、と――。
愛撫がやんだ。
彼女は、最後まで与えてくれなかった女の頭が、自分の顔と同じ位置まで浮かびあがってくるあいだも、続けていた。頭の中で描いたあの人を想い、淫乱に染まった雌犬と化す彼女を、満ちた月はとても冷たく見おろしていた。
あの人のために取っておいた蜜を、自らの指でとろとろとこぼしていく。もったいないなんて考えられなかった。どうせこの泉は尽きることを知らない。自分が生きている限り、女である限り、この泉は愛しいあの人を思えば芳醇な蜜をいくらでも湧かせられる。
女の頭が笑った。
にんまり、と。
他人から奪った赤い血を塗りたくったような、唇を、いやらしくゆがめて。
ああ、思い出した。
頭だけで飛ぶ女が目撃されると、頭を引っこ抜かれた女の死体が発見される。
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