第40話 空の戦い

私と宇田賀と紺は「こんなこともあろうかと」、トレーラーで待機していた。作戦の失敗などでILFのドローンが動き出してしまった時の最後の手段だった。

 曽理音が乗ってきたトレーラーには宇宙イルカを運ぶ機能だけではなく、フルダイブVR装置とドローンが一機搭載されていた。私達はトレーラーのシステムを改造し、紺がドローンを操縦出来るようにしておいたのだ。

 ILFの黒い鳥のようなドローンは準軍用スペックの高性能なものだ。長い航続距離と高い運動性能を持ち、レーザー銃を搭載している。宇田賀の作ったおもちゃのドローンではブラフマーの操縦するドローンに対抗するのは難しいが、これなら条件は同じになる。見分けるために、翼に紺色のラインを引いておいた。

 搭載したカメラからの映像がトレーラー内のディスプレイに映し出される。初めて空から見る街の光景に、紺ははしゃいでいた。


「すごい、人間の家がいっぱい! おいしいね」

「そうだね、紺」


 曽理音が通信越しに言った。


「今、鹿島さんが警察に連絡しているが、おそらく確保は間に合わずにドローンは飛び立つ。木更津の三号車からはブラフマーの操縦するドローン、しばらくしてから関東各地の他のトレーラーからも低級AIと人が操縦する爆弾と毒ガスを搭載したドローンが飛び立つだろう」

「問題はブラフマーのドローンだな?」

「そうだ。イベント会場には警備用ドローンが配備されているから、普通ならテロは成功しない。だが、ブラフマーのドローンが警備用ドローンを全て撃墜してしまったら、爆弾と毒ガスが会場に降り注ぐ」

「よし。紺。聞いたか? クルクルと元気な黒いドローンがいたら、それがブラフマーだ。ブラフマーと競争だぞ。撃ち落とされた方が負けだ」

「うん! 大丈夫、私が勝つよ! たぶん!」


 宇田賀が曽理音に尋ねる。


「なあ、曽理音さん。ブラフマーちゃんはどういうつもりでドローンを操縦しているんだ? 自分がやっていることで、誰かが死んでしまうことは知っているのか?」


 曽理音は苦しそうに答える。


「いや、遊びだと思っている。ゲームだ。俺が、そういうふうに教えたんだ……本当にすまないと思っている。さっきも結局佐藤を止められなかった。俺は、役立たずだな」

「曽理音、そういうのは後にしよう。これ以上、被害を出さないようにするんだ」


 東京湾上空を通り、横浜方面へと向かう紺のドローン。下には小さなボートのような船が航行しているのが点々と見えた。上空からの視点では小さく見えるあれらの船は、それぞれがこのトレーラーより大きいのだろう。やがて、羽田空港が見えてきた。当然、今飛んでいるのは本来は飛行禁止のエリアである。承知の上だったが、今更ながら空港を目にすると気持ちがソワソワした。これで何も起こらなかったら犯罪者は私達だ。一方、紺は空港を見て呑気な声を上げた。


「みりに、でっかいドローンがあるよ!」

「紺、あれは飛行機。中に人がたくさん乗ってるんだよ」

「飛行機が食べたの?」

「はは、紺に飛行機のことは教えてなかったっけ? 乗り物だよ。あれに乗って、僕達は遠くに行くんだ」

「わあ! なるほど!」


 その時、紺のドローンのカメラが東からやってくる黒い点を捉えた。今使っているのはILFの軍用ドローンであるため、高性能なセンサーが搭載され、鳥とドローンを見分けて画面上にアイコンで表示する機能が付いていた。緑色の枠で強調される黒い点。まるでゲームのようだ。


「来たな。方角的に、あれがブラフマーか?」


 宇田賀が身を乗り出す。曽理音が言った。


「最初にブラフマーのドローンが警備用ドローンを堕とす手筈だ。おそらく、そうだろう」

「よし、東京湾上空だ。下に船がいたら申し訳ないが、街の上よりはいいだろう。思いっきりやるんだ。ああ、もっと近くで見たいな。あ、そうだ」

「宇田賀さん、こんな時に何をする気ですか?」


 宇田賀は何かを思いついたらしく、一人で外に出ていった。その間も、紺のドローンはカメラがとらえた黒い点に向かっていく。近づいたことで、相手のドローンの姿や動きがだんだんと見えるようになってきた。時折、そのドローンが上下に小さく動くのを見て、私は操縦しているのがブラフマーだと確信した。すると、「悪い悪い」と言ってコントローラーを持った宇田賀が戻ってきた。


「何してたんですか?」

「今、俺のドローンを飛ばしてる。カメラを強化しておいた。どうしてもブラフマーちゃんのトレーラーが見つからなかったら、上空から探そうと思ってな。それで、紺ちゃんとブラフマーちゃんの空戦を捉える」

「ええ? なんでそんなことを?」

「紺ちゃんのカメラじゃ、何が起こっているかわからないんだよ。それに、楽しそうだろ」


 私はため息をつく。こんな時も宇田賀は宇田賀だ。


「よーし、全速力で向かうぞ。はははっ」


 私は肩をすくめて紺のカメラ映像に目線を戻す。ブラフマーのドローンは、はっきりと細かい形がわかるくらいの距離に近づいていた。すると、何かに気がついたようにピクリとブラフマーのドローンが動き、方向を変えて紺のドローンの方に向かってきた。


「わあ! 来たよ! よーし」


 紺のドローンのカメラ映像がクルクルと回転し、ブラフマーのドローンの背後に回ろうと動き始めた。こちらの動きの意図を察知してか、ブラフマーのドローンも動き始める。宇田賀が「とらえた!」と声を上げた。宇田賀は自分のドローンの映像をトレーラー内の別のディスプレイに映し出す。


「早いですね。おもちゃのドローンでもう追いついたんですか?」

「カメラの倍率を最大にしてる。実際はかなり遠い。画角が狭くなるが、場所はわかっているからな。近づくと紺ちゃんの邪魔になりそうだしな」


 宇田賀のディスプレイの中では、黒い鳥のようなものが二つ、クルクルと曲芸のような飛行を繰り広げていた。互いの背後に回ろうと縦横無尽に動き回る二機のドローン。イルカが水上に飛び上がるような縦の宙返り、横方向のロール、ドローンならではの急旋回。急降下からの急上昇。空を切り裂くような動きが繰り返される。美しさすら感じた。


「うーむ。機体性能は同じ。操縦もどちらも宇宙イルカ。互角だな」


 宇田賀が腕を組んで言う。私は手を握りしめ、瞬きを忘れてディスプレイを見つめた。


「ですが、ドローンの操縦はブラフマーの方が長くやっているはず……経験の差が出なければ良いですが」

「紺ちゃんを信じろ。人の精神の成熟度は紺の方が上だ」


 その時だった。急上昇をした紺のドローンが、突然力を失ったようにフッと動きを止めた。宇田賀が悲鳴のような声をあげる。


「あ! さてはバッテリー切れか?! こっちの方が飛んだ距離が長いから……」

「そんな! 紺、どうした?!」


 失速し、ひらひらと落ちていく紺のドローン。ブラフマーのドローンはチャンスを逃さず、トドメを刺そうと襲いかかる。だが、次の瞬間、紺のドローンは急に息を吹き返したように動き出し、クルンとその身を翻して、すれ違いざまに攻撃をしようとしたブラフマーのドローンの背後に回り込んだ。

 一瞬だった。パッと閃光が光り、ブラフマーのドローンが真っ二つになって堕ちていった。

 私達は何が起こったのかわからず、あんぐりと口を開いて顔を見合わせた。紺のはしゃいだ声が聞こえた。


「やったあ! やったよ! 私の勝ちだね! おいしいね!」

「紺、何が起こったんだ?」


 私の問いに、紺はふふふ、と悪戯っぽい笑い方で答えた。


「嘘をついたの! バッテリー切れの嘘! 私は嘘がつけるんだよ」


 それを聞いて宇田賀が大きな笑い声を上げる。


「はははっ! さすが紺ちゃん。俺達の紺ちゃんだ!」

「……紺。よくやった。美味しいもの、いっぱいあげるからな」

「わあい。イカが欲しい!」


 私と宇田賀は笑った。紺も笑った。通信越しに嬉しそうな曽理音の声が聞こえてきた。


「やったぞ。ブラフマーのドローン撃墜を受けて、爆弾と毒ガスを積んだドローンは発進をやめたようだ。奴ら、佐藤からの電話を切るのを忘れているから、丸聞こえだ。ILFの奴らは慌てて逃走中だぞ」

「そうか、よかった……ブラフマーは?」

「ブラフマーの乗ったトレーラーのナンバーは警察に伝えてある。すぐに確保されるだろう。あと、佐藤は……」


 鹿島さんからのテレビ通話が再び繋がり、床で伸びている佐藤の姿が映し出された。


「この極悪エロオヤジは私が懲らしめておいたよ。ふん!」

「鹿島さん……何をしたんですか」

 曽理音が代わりに私の問いに答える。

「鋭い蹴りだったぞ。今思い出しても恐ろしいよ。美理仁、気をつけろよ」

「あはは……」


 私は紺のドローンが映し出す、青い空と紺色の東京湾に目を向けた。いつもと変わらない空と海。綺麗だった。

 私達はテロを防ぐことに成功したのだ。

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