第37話 迎撃


 東京ラボの開発室に移動した私達の前には、ツギハギだらけの不恰好な鳥のような物があった。自慢げに胸を張る宇田賀。


「ははは、こんなこともあろうかと! 昨日徹夜して作ったのさ!」

「先輩……こんなこともあろうかと、って現実で言う人初めて見ましたよ」

「言ってみたかったんだ」


 本原の言葉ににっこりと笑みを浮かべて返す宇田賀。私は言った。


「もしかして、これを紺達に操縦させるつもりですか?」

「そうだ。それしかない」


 私は無言で唇を噛む。横に立っていた曽理音が言った。


「ここには警備用ドローンはないだろ? だから、襲ってくるのは低クラスAIと人間が操縦するドローンだ。ブラフマーは来ない。確かに、宇宙イルカなら勝てる……かもしれない。このドローンの性能にもよるが」

「うーん、元はおもちゃだからな。昨日、運動性能とバッテリー持続時間を改善したけど」

「武器は?」

「レーザーポインターを改造した。出力には限界があるけどな」

「なるほど……ILFのドローンは中国製の軍用だが、輸出用にスペックダウンされてる。近づいて撃てば、おそらく堕とせるはずだ」

「おい、勝手に話を進めるな!」


 私は宇田賀と曽理音に向かって叫ぶ。宇田賀が私に真剣な顔で言う。


「美理仁、このままだと俺達はやられちまう。俺達だけなら逃げられるが、紺ちゃんと蒼ちゃんが危ない。ここのプールを守らないと。それには一か八か、反撃するしかないんだ」

「先輩! なんでこんなことになっているんですかー?」


 口を挟んだ本原に、宇田賀は笑って答えた。


「はははっ、なんでだろうなあ? そっちの曽理音さんには聞きたいことが山ほどあるが、時間が無いんだろ?」


 曽理音は腕に嵌めた機械式の腕時計を見て答えた。


「ああ、もうあと十五分ほどだろう。宇宙イルカにドローンを制御させると言うが、そんなシステムがここにあるのか?」

「ん? 昨日の夜に作ったよ」

「一晩で?」


 驚く曽理音。宇田賀は私の方を見て言った。


「一晩あったからなんとかなったんだよ。美理仁が昨日、話してくれなきゃ、間に合わなかった」

「宇田賀さん。もしかして、『あれ』もやったんですか?」


 ドローンに付いた小さなスピーカーとマイクを指差し、私は宇田賀に尋ねた。


「ああ、ちゃんと動作するかはわからないが、簡易的にソナーのようなものをつけた。信号を操縦する宇宙イルカに送る。機体性能の差を埋められれば良いんだが」


 私は大きく息を吐いた。


「やるしか無いですね。紺と蒼に説明してきます。紺に操縦してもらいましょう」

「よし、そっちの準備は頼んだ。本原は俺と来い。フルダイブシステム側も少し調整が必要だ」

「なんだかよくわからないけど、燃えてきました!」

「あと、新人達と英さんに、今日は臨時休業だって伝えておいてくれ。社長には俺が後で連絡する」


 本原と一緒にフルダイブVRルームに走っていく宇田賀を見送り、私は実験用プールへと向かう。少し戸惑った様子の曽理音が、私についてきた。


「おい、美理仁。やめろ。リスクが大きすぎる。今からなら、人間だけなら確実に逃げられる。そうするべきだ。宇宙イルカはまだたくさん太平洋にいるだろ? 自分の命を優先するべきだ」

「お前、〈宇宙イルカ天使の会〉の幹部でもあるんだろ? なんでそんなことが言えるんだ? 俺は、嫌だ。紺達を置いて逃げるなんてことはしない」

「……」


 私が実験用プールに行くと、紺と蒼が水面から頭を出した。フルダイブVRルームで作業を始めた宇田賀達により、既に人間のアバターで仮想世界にフルダイブ済みだ。紺の声が室内のスピーカーから流れてきた。


「どうしたの? みりに? なんで、そりねがいるの? 悪いやつ!」

「紺。説明は後だ。話を聞いてくれ」

「はは……悪いやつ、か」


 紺に「悪いやつ」呼ばわりされた曽理音は苦い顔をしていた。私はプールサイドに座り込み、紺に説明する。


「今から、もっと悪いやつのドローンがここに飛んでくる。そいつらは爆弾を抱えているんだ。紺は今から宇田賀さんの作ったドローンを操縦して、それを撃ち落とすんだよ」


 それを聞いて、紺と蒼はイルカの体でキュウキュウ、ピュウピュウと賑やかに鳴き、言った。


「わあ! 大変だ! でもおいしそう!」

「どろーん、あおいも、やる! おいしそう!」


 紺は口を大きく開けて言い直した。


「ごめん、おいしくないね。大変だね」

「いや、いいんだよ。紺。ゲームみたいなものさ。あの時みたいに、敵を倒すんだ。俺達を守ってくれ」


 紺はイルカの体で頭を大きく縦に動かし、キュッ! と鳴いた。私は二人を安心させようと笑ってみる。


「紺は強いから大丈夫だ。レーザーの出力が弱いみたいだから、近づいて撃つんだ。泳いでいる魚を食べる感じかな?」

「相手は爆弾攻撃用だから、反撃はしてこないはずだが……」

 曽理音が口を挟む。紺はグググ……と低い声で鳴いた。

「悪いおじさん、なんでここにいるの? おいしくないね。そりね嫌い。みりにを悩ませる!」

「う……それは……悪かった、許してくれとは言わない。でも、今は少しでも助けたいんだ」


 曽理音は紺に向かって頭を下げた。なんだか、面白くて、誇らしくて、でも少し悲しくて、私は目を逸らした。その時、プールに宇田賀の声が響いた。


「おーい、時間がない。始めるぞ」


 私は、両手で丸を作って合図をする。ちょうどその時、聞き慣れないブーンという音がうっすらと外から聞こえた。曽理音が窓の外を見上げる。


「最初の偵察用ドローンだ。もう逃げるのは間に合わないぞ」


 見ると、窓の外に黒い鳥のようなものが旋回しているのが見えた。来た。本当に来たのだ。私達は攻撃されようとしている。その事実に私の手が震える。それを見てか、紺が言った。


「大丈夫だよ! 私の大事な人達は、私が守るから!」


 不恰好な宇田賀特製のドローンが飛び立ち、搭載されたカメラからの映像がフルダイブVRルームのディスプレイに映し出された。ディスプレイを見つめ、腕を組んだ宇田賀が言う。


「本当は、ドローンにフルダイブさせて、泳ぐ感覚に対応させられれば良いんだけどな。さすがにそんな時間はなかったから、フライトシミュレーターと同じ感覚でドローンを操縦させている。これだと、人のアバターに入った紺ちゃんがラジコンを操縦しているのと変わらないな」

「それでも、人よりは上手いはずです」


 高度一〇〇メートルほどに上がった紺のドローンは、あたりを見回すようにクルクルと旋回する。紺の声が聞こえた。


「紺、大丈夫か?」

「わあ、見えるよ! 音でよく見える。綺麗だね。おいしいね!」


 宇田賀が作った簡易ソナーは一応機能しているようだ。ディスプレイを見ると、紺より低い所を鳶のように旋回する黒いドローンが見えた。先ほど飛んできた偵察用ドローンだ。次の瞬間、ディスプレイの中の空がクルクルと回転したと思うと、偵察用ドローンに向かって一直線に紺のドローンが飛び込んだ。ゆっくりと旋回する偵察用ドローンの動きの先を読み、まるでぶつけるような勢いで進行方向に飛び込む。もうぶつかると思うくらい近づいた瞬間、ディスプレイがパッと明るくなり、次に地面が見えた。急降下しながら、すれ違いざまに攻撃したのだ。ディスプレイには再び空が映し出され、紺のドローンが上昇していくのがわかった。


「ど、どうなったんですか?」


 本原が両手をグッと握り締め、身を乗り出す。


「わからない。紺のドローンは無事みたいだけど」


 その時、私達の頭上からガシャン! ガリガリ……と大きな音がした。偵察用ドローンが屋根の上に墜落したのだ。紺のドローンからの映像にも、東京ラボの天井の上でバラバラになっている偵察用ドローンが写っていた。


「やった!」


 ガッツポーズをする本原。宇田賀がふうっと息を吐いた。


「大したもんだな。でも、偵察用ドローンが爆弾を積んでなくてよかったぜ」

「ですね。紺、すごいぞ、良くやった。でも、次に来るやつは建物に当たらないように、堕とせるかい?」

「おいしいね! わかったよ。任せて!」


 見ると、ディスプレイに表示されているバッテリーの残量は残り八五パーセントを表示していた。宇田賀が言う。


「うわ、離陸と攻撃一回でもう十五パー減ったか。やっぱり、おもちゃのドローンじゃ限界があるな。バッテリーが持つかの方が問題だ」

「ここにくるドローンは五機だ。〈ミカギテクノロジー〉には警備用ドローンが無いという情報だったから、それで十分だと判断された」

 横で黙って見ていた曽理音が言う。それを聞いて宇田賀がふん、と鼻を鳴らす。

「俺達も舐められたものだな。まあ、そもそも襲われるなんて思ってないからしょうがないか。社長に言って警備用ドローンの設備投資をしてもらおう。何買おうかな?」

「あ、来ましたよ」


 本原がディスプレイを指差す。上空を旋回していた紺のドローンのカメラが、空に並んで浮かぶ黒い点を捉えていた。曽理音が言った通り、点の数は五個、人間の操縦するものが混じっているのか、少し歪な編隊でこちらに向かってきていた。紺のドローンのバッテリー残量は八十パーセントだ。紺が言った。


「あれだね! 全部敵なの?」

「そうだよ。全部堕としてくれ。建物の周りの、何も無い所に堕としてくれると助かるよ」

「任せて!」

「ILFも朝早くからご苦労様なこった。ウチの会社が街中に無くてよかったぜ」

「みりに、空から見ると綺麗だよ。緑がいっぱい。おいしいね。海も見えるよ!」


 紺は楽しそうに言った。私達と紺のやり取りを聞いていた曽理音が言う。


「さすがに紺という個体は精神が成長しているから、コミュニケーションがスムーズだな。指示も的確に理解する。やはり宇宙イルカは有用だ……」


 私は曽理音を睨んだ。


「紺は道具じゃない。本当はこんなことさせたくないんだ。曽理音、ちゃんと後で説明してもらうぞ」

「……ああ、そうだな。変わったな、美理仁」

 私は何も言わなかった。

「じゃあ、堕とすね!」


 紺がそう言い、迫ってくる五機のドローンへと向かっていった。ディスプレイには空と地面と周辺の木々、海、たまにドローンの一部といったものが次々に映し出され、私には紺のドローンがどのような動きをしているのか、もう全くわからなかった。時折、外から波の音に混じって、ドン! と低い音が響いてくる。私は呑気にも夏の花火を思い起こしたが、堕とされたドローンに搭載された爆弾が爆発したということはわかっていた。本来は、私達の近くで爆発するはずだった爆弾だ。建物を破壊し、私や紺達の命を奪おうとした爆弾。

 本原がぼそりと呟いた。


「うわあ……本当に爆弾積んでたんだ……っていうか、本当に爆弾ってあるんだ……」


 やがてディプレイに映る映像が落ち着きを取り戻した。ディスプレイには、キラキラと日光を反射する美しい海が映っていた。


「紺ちゃん、すごいぞ! 完勝だぜ! バッテリー残量は一〇パーセントか、やっぱりレーザーが電力を消費するな。うーむ」


 私は紺に呼びかけた。


「紺、ありがとう。君のおかげで助かったよ」

「うん……ねえ、綺麗だよ、見てる?」

「見ているよ。ああ、綺麗な海だ。落ち着いたら、また空を飛ぼう。今度はもっとゆっくり」


 私がそう言うと、紺は嬉しそうな声を返した。にっこりと笑う顔が見えるようだった。


「わあ、おいしいね! みりに、だいすき」

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