第25話 その後

 2036年1月。今年も、年が明けた。

 木之実ちゃんを巻き込み、私達が「治療」に協力した忌まわしい事件は、一応解決した。一応と言ったのは、その結末が犯人死亡というなんともスッキリしないものだったからである。

 目覚めた木之実ちゃんには専門のカウンセラーによる然るべき治療が行われた。事件の状況を木之実ちゃんが語れるようになったのは、目覚めてから四日後だった。事件の状況は私と紺が木之実ちゃんの深層心理で見たものとほとんど同じで、証言を元に作られた犯人のモンタージュ画像も私達が見た男と同じ顔だった。指名手配されたのは、ILFメンバーの久須田僚一くすたりょういちという男だった。街中の防犯カメラ映像の解析などから警察が潜伏先を突き止めてすぐに踏み込んだが、久須田はすでに死んでいたという。

 隠れ家からは遺書も見つかり、警察は久須田が自殺したものと判断した。これだけでもスッキリしないのだが、さらに気掛かりなのは盗まれた毒物が見つかっていないことだ。遺書には怖くなって山中に捨てたとあり、警察は捜索を続けているが、今もまだ見つかっていなかった。

 スッキリはしないものの、私達は刑事ではない。私達は自分達に出来る別のことをしていた。深層心理での木之実ちゃんとの約束を守ることにしたのだ。フルダイブVR技術を使ったカウンセリングである。フルダイブVR用仮想世界を病院内の設備で構築し、その中で木之実ちゃんと紺が会えるようにしたのだ。〈ムロメ・デンノウ〉は自分達の技術の医療分野での活用事例を増やしたかったからか、快く協力してくれた。通信回線は「治療」に用いられたものがあったから、私達は東京ラボから木之実ちゃんのいる仮想世界にフルダイブすることができた。短期間で事件のことを証言できるようになったのには紺の功績も大きいと、私は思っている。あんなことを思い出させ、詳細に語らせることが残酷でないわけがない。だが、結果に繋げるのが木之実ちゃんのためだと自分に言い聞かせた。だから、犯人死亡という結果を聞いた時はなんともやるせない気持ちになったものだ。

 〈ムロメ・デンノウ〉は今回の成果を大々的に発表した。「深層心理の仮想世界化と、フルダイブによる治療、および犯罪捜査への活用」として、誇らしげに全世界にプレスリリースが公開され、大いに注目された。ただ、多くの大衆とって技術的な内容はどうでも良かった。その事件の悲惨さと、宇宙イルカの紺が少女を目覚めさせたという「面白さ」が興味を引いたのだ。〈ミカギテクノロジー〉と紺に対して取材が殺到した。

 両親を奪われた少女の心を癒した、心優しい宇宙イルカ。可憐なアバターを操り、仮想世界で事件を解決したイルカ探偵。紺のイメージは瞬く間に飾り付けられ、バーチャルタレントの枠を超えて紺は有名になった。私達の想定しない形で、紺を有名にしようという目標は達成された。素直に喜んだ社員は一人もいなかったけれど。

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