第21話 国際宇宙イルカ研究発表会

 2035年11月9日。


「以上のように、〈ムロメ・デンノウ〉社製のフルダイブVR技術を使うことで、宇宙イルカに人の体を擬似的に与え、人とコミュニケーションできる知性の発生を――」


 私と本原は、横浜で行われている「第四回国際宇宙イルカ研究発表会」の会場で、宇田賀の発表を聞いていた。約千席の赤い座席が並ぶメインホールは、半分ほどの座席が埋まっている。第一回の時は三日間あったというこの学会も、今は半日程度で終わってしまう。

 私達の仕事について知ってもらい、紺や〈ミカギテクノロジー〉のイメージを向上させるためには、紺のバーチャルタレント活動だけでは不十分だ。そこで学会での発表を行うことにしたのだ。最初はBMI関連の学会に出ようとしたのだが、そもそもフルダイブVR技術自体は〈ムロメ・デンノウ〉のものであり、私達が技術的に成し遂げたことはではない。強いて言えば、共同で行ったイルカ対応の改造くらいのものだが、あまりにも内容がピンポイントすぎる。そこで、宇宙イルカに関する国内外の研究が集まるという、この「国際宇宙イルカ研究発表会」の場で発表することにしたのだ。

 宇宙イルカの生物学的な研究、行動の観察などの他、宇宙イルカという生き物の動物愛護の観点からの取り扱いについての提言や、哲学者の立場からの宇宙イルカの位置付けに関する研究など、内容は様々だった。中には「宇宙イルカの背中に乗って異星人の基地に行った」と主張する人の発表なども混じっていたが。


「――我々の宇宙イルカ被験体がさらに人の知性を成長させ、さらに他の宇宙イルカとのコミュニケーション事例を増やすことで、宇宙イルカの秘密が彼女ら自らの口で語られる日が来ると、私達は考えています。以上です。ご清聴ありがとうございました」


 宇田賀の発表が終わり、質疑応答の時間になった。一人の男性が手を上げ、会場のスタッフが男性にマイクを手渡す。


「〈宇宙イルカ天使の会〉の鹿追しかおいマイケルと申します。興味深いお話、ありがとうございました。いくつか質問させてください。まず一つ目ですが、宇宙イルカの人としての精神はまだ幼児程度とのことですが、今までに何か、気になる事を喋ったりはしているのでしょうか?」

 似合っていないスーツを着て座っていた本原が、横に座る私に小さな声で尋ねる。

「何ですか? あの胡散臭い団体?」

「こら、聞こえるよ。まあ、一言で言うと、宇宙イルカのファンクラブかな。ちょっと厄介なタイプの」


 こんな気の利いた事を私が言えるはずがない。実は私は、昨日全く同じ質問を宇田賀にしていた。私はその時の宇田賀の答えをそっくり真似して答えたのだ。


「ははあ、なるほど。宇宙イルカ、闇が深いですね」


 本原は納得した様子で頷いた。本当にわかっているのか怪しいところだ。壇上では宇田賀が質問に答えた。


「気になったことを喋ったか、とのことですが、まだ特にありません。『魚、美味しい』とは、いつも言っております」


 会場に薄い笑いが広がる。質問をした鹿追という男が答える。


「なるほど。ですが、宇宙イルカの脳には通常のバンドウイルカと異なる働きをする部位が確認されたという研究報告もあります。本当に、何も語ってはいないのですか?」

「はい。宇宙の秘密に繋がりそうなことは、まだですね」

「なぜだと思いますか? 失礼ですが、やり方が間違っている可能性はないのでしょうか?」


 宇田賀と鹿追のやり取りが続く。


「まだ最終的な結論を出せる段階ではないですが、間違っていないと思っています。おそらく紺ちゃん……我々の宇宙イルカ被験体は、自分の知る知識を、人の言語で語る方法をまだ知らないのではないでしょうか?」

「バーチャルタレントをやると、その方法を閃くということですか?」

「はははっ……失礼しました。それは正直わかりません。ですが、いろいろな刺激を与え、人間を知ってもらうことが重要だと思っています。あとは他の宇宙イルカにも聞いてみたいですね。二頭で会話をさせて情報交換すれば、成長速度も上がると考えています。次のステップはそれです」

「わかりました。ありがとうございます。次の質問ですが――」


 そこで司会を務める男性が割り込む。


「すみません、時間が限られていますので、ご質問は一人一つでお願いします」

「……わかりました」


 鹿追は渋々と言った様子でマイクをスタッフに返した。本原が小さな声で言う。


「うひゃあ、胡散臭いくせに結構鋭いこと質問しますね。俺だったらアワアワしちゃいますよ」

「そうだね。〈宇宙イルカ天使の会〉か。まあ、天使ってところは同意しなくもないけど」


 発表の最後にパネルセッションが行われた。パネルセッションとは壇上で数名の専門家がテーマに沿って意見を交換し合うものだ。宇宙イルカの専門家というのにはどうやったら選ばれるのかはわからないが、私の知らないどこかの大学の教授やらが壇上に上がっていた。その中にはさっき宇田賀に質問をした鹿追という男もいた。肩書は〈宇宙イルカ天使の会〉代表、だった。


「皆さんは、スバリ、宇宙イルカとは何だとお考えですか?」


 司会の男性が尋ね、登壇者が一人ずつ語っていく。


「私は、ただの生き物だと思います。異星人が地球のイルカを連れ去り、品種改良し、家畜化を試みた生物だと考えています。それが何らかの事故で墜落したのでしょう。故郷に逃げてきたのかもしれません」

「いいや、あれは異星人の探査機なんですよ。地球のイルカに似せた有機生物型探査機です。好奇心の旺盛さや、簡単に人間に捕まってしまうのも、情報を集めるためだと考えれば辻褄が合う。おそらく、量子もつれを利用した通信手段で今も情報を異星人に送っています。異星人は侵略の準備をしているのです。異星人は四光年先から四百年かけて地球にやってくる途中です」

「違います。あれは並行宇宙の地球の生物です。イルカが地球の支配者になった別の宇宙からやって来たのです。ワームホールとか、そんなやつでね」


 最後に、あの鹿追という男性の番になった。鹿追は壇上でパッと両手を大きく広げ、語り出した。


「あれは、そもそもイルカではありません。姿を借りているだけです。そして、彼らが何者なのかは、皆、すでに知っています。ですが、まだ『その時』が来ていないので、それを表す言葉を私達は知らないのです。私は便宜的に天使という呼称を当てはめていますが、本当は正しくない。既存の宗教とは何ら関係がありません。いいえ、関係がない訳ではありません。逆に、すべての宗教が関係していると言っても過言ではない。私が言えるのはここまでです。時が来れば、イルカ達は語るでしょう。人類に対する審判を。そしてやがて、空に、宇宙に帰っていくのです」


 確かに彼らの主張は荒唐無稽に聞こえるかもしれない。だが、実際に宇宙イルカが地球外から来ていることは事実である。紺はいつか、自分が何者かを教えてくれるのだろうか? かぐや姫のように宇宙に帰ってしまう、なんてこともあるのだろうか? もしそうなったら、私はどうするのだろうか?

 そんなことを考えているうちにセッションは終わった。私にとっては、なかなか興味深いセッションだった。隣の席の本原は眠気と戦っていたし、宇田賀に至っては興味がないと言って聞かなかったのだが。


 学会が終わり、会場を出ようとした私達は一人の男性に呼び止められた。それは、あの〈宇宙イルカ天使の会〉の代表、鹿追マイケルだった。私は間近で彼を見てその背の高さに圧倒された。一九〇センチ以上はありそうだ。少し目にかかる長さの黒髪は白髪一本もなく、その下には黒い瞳がギラギラと輝いている。細いストライプの入ったスーツは糸くず一つついておらず、だらしない皺もない。まるでさっきクリーニング屋から取ってきて着替えたかのようで、本当は仮想世界のアバターなんじゃないだろうかと思ったほどだ。鹿追は、戸惑う私達に名刺を差し出した。


「〈宇宙イルカ天使の会〉で代表をしています、鹿追マイケルと申します。私は〈ミカギテクノロジー〉さんの取り組みにはとても注目しているのです。いろいろお聞きしたいこともありますし、ぜひ一度、会社にお伺いしたいのです。叶うことなら『紺様』にも、一度お会いしたい」

「紺、様……?」


 私は思わず顔を顰めてしまう。宇田賀が前に出て、鹿追に軽い調子で言った。


「ああ、申し訳ないのですが、今、見学はお断りしていまして。すみませんね」

「そうなのですか? この前の一般向けのリアルイベントは落選してしまいましてね。いやあ、行きたかったです。まだ『その時』ではない、ということなのでしょうね。わかっています」


 私達は無言で顔を見合わせる。鹿追は目にかかっている前髪をかきあげながら言った。


「では、紺様にお伝えください。『その時』を待っています、と」


 クルリと身を返し、鹿追は長い手足をヒョコヒョコと動かしながら去っていった。部下なのか信者なのかわからないが、数人の男性がその後を追いかけていくのを、私達は無言で見つめていた。しばらくしてから、本原が口を開いた。


「厄介なファンだ……」

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