第17話 配信後

 2035年7月下旬。

 紺のデビュー配信は最大で三百四十六人が視聴した。バーチャルタレント自体がありふれているし、〈ミカギテクノロジー〉の知名度も一般的にはまだ低い。むしろ、無名の新人のデビュー配信としてはまずまずの人数と言えるだろう。


「ま、コメントやその後の反応見る限り、八割は本気で宇宙イルカだって信じてないな。ちょっと変わったことをする新人だと思われてる」


 宇田賀がディスプレイに資料を写して言う。私達は先日のデビュー配信の反響についての会議をしていた。私は腕を組んで唸る。


「うーん、イルカとアバターの紺が同時に画面内でリアルタイムに動くだけじゃ、やっぱり信じてもらえませんかね」

「むしろ、いくらでも誤魔化せる映像配信で二割信じてくれてるのが凄いぜ。紺ちゃんがかわいいからかな」

「女の子の方の紺ちゃんに、もっとかわいい服を着せてあげたら? 英さんの作ってくれた今のワンピースのデザインも良いけどね」


 鹿島さんが言った。彼女は私達の会議に加わるようになっていた。すると、元気に手をあげて一人の若者が発言した。


「先輩、アバターのデザイン、やっぱプロに頼みませんか。やっぱ有名デザイナーは違いますよ!」


 声を上げたのは今月入社したばかりの新人、本原直(もとはらなお)だ。〈ミカギテクノロジー〉初の新卒採用である。ツンツンにセットした黒い髪、日焼けしたような濃い肌、アウトドア派の若者を絵に描いたような姿だが、これでも工学部出身のエンジニアである。

 私達の周りの環境は徐々に変わりつつあった。〈ムロメ・デンノウ〉からの出資により資金が調達できたため、東京ラボの増改築、社員の新規採用、設備のアップグレードなどが行われ、私達の給料も少しだけ上がった。このプレハブ小屋の開発室とも今月でお別れだ。今も、外からは波の音に混じって増改築工事の音が絶え間なく聞こえている。ちなみに中途でもう一人女性が入社しているのだが、その人は社長の御鍵の補佐をしており、東京ラボにはまだ来たことがない。

 今、私達が力を入れて取り組もうとしているのが広報活動だ。今後さらに開発を続けるにはもっと一般的なイメージを向上させ、投資家達にアピールしなければならない。〈ミカギテクノロジー〉はこれでも一応、株式会社なのだ。「宇宙イルカから得た知見を元に未知の先進技術を実用化し、利益を生み出すこと」を目指しているのだが――いつの間にかそうなっていた――それにはまだ時間がかかるだろう。宇宙イルカに付き纏う怪しいイメージを払拭し、一般大衆のイメージを向上させつつ、当面の運営資金を稼ぐ。そのために私達がとった行動が、紺のバーチャルタレントデビューだった。これには、紺にさらに刺激を与え、人としての知性を成長させるという目的もあった。


「露出が多いデザインはダメだよ。紺ちゃんがいやらしい目で見られちゃう」


 本原に向かって鹿島さんが言った。本原は不満そうに言い返す。


「えー、ミニスカートのフリフリのやつにしましょうよ。歌とか歌わせて、ダンスもさせるんです! 絶対人気出ますって!」

「それはあなたが見たいだけでしょ。そんなバーチャルタレント、いっぱいいるじゃない」

「鹿島さんも一緒にデビューしましょうよ。美人姉妹みたいな感じでいいじゃないですか」

「はあ? 嫌に決まっているでしょ。真面目に考えてよ」

「僕は真面目ですよ。本当はちょっと興味あるでしょ?」

「ええ? そんなわけ……」

「やりましょうよ! 僕、応援しますよ」


 放っておくと本原はずっと鹿島さんに絡んでいそうだ。私は咳払いをして言った。

「アイドル路線にするかはともかく、歌を教えてみるのは良いかもしれません。案外得意かもしれないし、将来的にコラボレーションの幅も広がる」

「あ、ボク、作曲家の知り合いがいるよぉ」


 大人しく話を聞いていた英さんがフワッと手を上げて言った。英さんには芸術関係の知り合いが多い。英さん本人も絵を描くことやCGのモデリングが得意で、紺がフルダイブしている仮想世界の部屋はいつの間にか英さんの手によって可愛く飾り付けられていた。宇田賀が話に乗ってきた。


「素晴らしい! 紺ちゃんのテーマソングと、ついでに社歌も作ってもらおうぜ。変拍子のかっこいい奴な」

「いやいや、先輩、それは絶対歌いにくいでしょ!」

「はははっ、面白いからいいだろ。俺、歌は得意だし」

「はあ……文化祭の出し物じゃないんだからね」


 開発室は随分賑やかになった。私達の次の目標は、喋る宇宙イルカの紺を人気者にして、会社のイメージを向上させつつ、継続的な開発資金を稼ぐことだ。明日の展開は誰にも読めない。それを自分達で作っている感覚が、この時の私はたまらなく楽しかった。

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