第二章
第15話 思いつき
そして2035年5月へと、時は戻る。
私が何気なく呟いた「何をしにきたのか」という言葉に対して、紺はこう言った。
「じんるいを、たべにきたよ」
「え?」
顔を見合わせる私と宇田賀。数秒後、宇田賀は大きな声で笑い出した。
「はははっ! 紺ちゃん、ついに冗談を覚えたのか? しかもよりによって、宇宙イルカが人類を食べるって! 傑作だぜ!」
大きな腹を抱え、背中を丸めて笑う宇田賀の声がプール棟に反響する。紺はパシャパシャとヒレで水を叩き、一方で楽しそうに両手を上下に振りながら言った。
「じょうだんってなに? おいしいの? おいしいね!」
「紺……さっき言ったことって、本当かい?」
私が尋ねると、紺はイルカの体でキュア! と高い鳴音を響かせ、一方で私の骨伝導スピーカーから声が返ってきた。
「え、なに? おいしいね、みりに。魚ちょうだい」
「いや、人類を食べにきたって……」
「さかな、魚! ししゃも!」
「……」
戸惑う私の横で、息を整えた宇田賀が言った。
「はあ……すまん。多分俺のせいだ。昨日、紺ちゃんにこれを見せてみたんだよ。楽しそうにしてたぞ」
そう言って宇田賀はタブレットの画面を操作して私に見せた。そこには動画配信サイトの画面と作品名が表示されていた。
「えっと、『宇宙イルカ戦争2』? なんですか、これ? 映画?」
「前作、『宇宙イルカ戦争』で汎用サメ型決戦兵器に撃退されたイルカ星人が、今度はマッコウクジラロボを引き連れて地球に攻めてくるんだ。人類はダイオウイカ型ロボで対抗するんだぜ」
「ああ……宇宙イルカ侵略ジャンルのB級映画ですね。続編が出たんですか」
宇宙イルカの出現は創作物にも影響を与えた。宇宙イルカによる地球侵略というストーリーの映画が世界中で無数に作られ、一部のB級映画ファンに人気を博していた。
「紺ちゃんはこの映画に影響されたんだろうな。この映画の中では宇宙イルカは人類を食糧にしようとして攻めてくるんだ。多分、意味は分かって言ってないぜ」
「はあ……変な映画見せないでくださいよ」
「へんなえいが? おいしいね。また、みたい。魚ちょうだい」
紺は呑気にくるりと体を回転させ、お腹を見せて浮いている。一方、立体映像の少女は床に座り込み、自分の足をパンパン叩いて感触を楽しんでいた。何も言えない私に、宇田賀が言った。
「ま、気にすることはないだろ。しかし、紺ちゃんにはもうちょっと成長してもらわないと、意味のない言葉なのか、冗談なのか、それとも宇宙の秘密なのかわからないな。紺ちゃん以外の宇宙イルカにも聞いてみたいしな」
「それにはもっと資金が必要ですね。〈ムロメ・デンノウ〉からの出資の話はまとまりそうですけど、フルダイブVRのライセンス料が詐欺みたいな金額ですし、プールの維持費や紺の食費もバカにならないですからね。宇宙イルカと会話できるって発表したら出資が殺到するかと思いましたけど、うまくいかないものです。みんな、価値がわかってないんですよ」
「仕方ないさ。BMI業界ならまだしも、ほとんどの人はまだ〈ミカギテクノロジー〉なんて聞いたこともないだろうからな。〈ムロメ・デンノウ〉が協力してるったって、あそこは自分達のフルダイブVR技術の展開に熱心だから、ウチだけ特別ってわけじゃない。宇宙イルカの研究は怪しい発表も多いし、その一つだと思われてるんだろ」
「会社のイメージアップも必要ですね」
私は宇田賀と話しながらバケツから魚を放って紺の口に投げ入れた。すると、宇田賀がパンと手を叩いて言った。
「そうだ! 紺ちゃんをバーチャルタレントとしてデビューさせよう!」
「はい?」
紺はカリカリと鳴いて口をパクパクさせながら、一方で興味津々と言った様子で目を輝かせた。
「ばーちゃる、たれんと? ってなに? おいしい? やる!」
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