第3話 面接

 その後、都内の喫茶店で私の面接のようなものが行われた。転職を考えていた私はちょうど履歴書を作成してクラウドデータベースに保存していたので、すぐに用意できた。

 〈ミカギテクノロジー〉は、創業一年目で、社員はたった四人。水族館にいたのが、社長の御鍵刻海みかぎときうみと、エンジニアの宇田賀綾うたかりょう。アロハシャツの男が社長の御鍵で、小太りの中年男性だと思っていた宇田賀はなんと私の同い年、つまり二十五歳であった。社長の御鍵は別の企業の役員だったらしく、それなりの額の資産を持っていた。それを資本金として創業したのが〈ミカギテクノロジー〉だった。御鍵は飲み屋で出会った宇田賀と意気投合し、その場で起業を決めたのだという。

 喫茶店で向かいの席に並んで座った御鍵と宇田賀は、改めて見てもやはりチグハグな格好をしていた。御鍵がアロハシャツにジーンズという服装に対し、宇田賀はグレイのジャケットに折り目のしっかりついたパンツ。見た目は宇田賀の方が明らかに社長らしく見える。二人は交互に私に会社についての説明をした。


「ウチは、『テクノロジーの力で全宇宙のコミュニケーションの壁を取り払い、価値を生み出すこと』を会社の理念としています。ミカギフィロソフィーと呼んでいます」

「ま、それは後付けなんだけどさ。単に、誰もやったことないことやりたいなって思って。それで、『宇宙イルカ』と会話できるようにしようぜ、ってなったのさ」


 服装とは裏腹に硬い印象の御鍵、対して気さくで常にニコニコと笑顔を浮かべる宇田賀。この二人はもしかして中身が入れ替わっているのではないだろうかと考えて、私は笑みを手で隠して誤魔化した。二人の説明は続く。


「テクノロジー、具体的にはBMI、ブレインマシンインターフェースですね。その力を使って実現しようと考えています」


 御鍵はこちらの反応を伺うように言葉を区切った。私は言った。


「BMIと言うと、脳とコンピューターを接続する技術ですよね?」

「はい。AIによる支援のおかげで、最近は脳神経科学が急速に発展しています」

「そうそう、もうすぐフルダイブ型のVRヴァーチャルリアリティも実現するって言われているんだぜ。いい時代に生まれたよな! 生きてて良かったぜ」


 嬉しそうに話に入ってくる宇田賀。御鍵は特に気にせず、話を進める。


「AI支援による医療、材料、化学、加工技術の発展で脳活動の測定技術が進化したことが大きいのです。BMIというと、昔は頭に穴を開けたりする必要がありましたが、今では頭と首に電極を当てるだけで、脳に対してコンピューターから読み込みも書き込みもできるようになりつつあります。脳の活動と、意志や感情の関係もかなり明らかになっています。精密に測定した膨大な情報から、AIが特徴量を見出して関係を解析し、予測モデルを作るのです。それを使えば、脳波を読み取って何を考えているか、何をしようとしているかわかります」

「逆に書き込みもできるから、脳に擬似信号を流して存在しない感覚を感じさせたり、テレパシーみたいに情報を直接伝えたりもできるようになってる。凄いだろ」


 私は説明を噛み締めながら思考する。宇宙イルカ関連は怪しい話も多いと聞くが、少なくとも魔法や不思議な力ではなく科学技術を扱おうとはしているようだ。私は自分の理解を確かめようと尋ねた。


「その最新のBMIを使って、宇宙イルカの脳から直接意図を読み取り、コミュニケーションを図ろうということですか?」


 宇田賀が嬉しそうににっこりと笑った。


「そう! それで、宇宙イルカに正体を直接聞いてみようって事だ。あえて今、宇宙イルカだぜ、クールだろ?」

「目指すのは双方向のコミュニケーションです。ある程度の知能があれば普通の動物も人語を理解できることは、それこそ二十世紀の頃から報告されています。ただ、それは一方通行のコミュニケーションでした。人語で彼らが話しかけてくることはない。なぜだと思いますか?」


 御鍵が私に尋ねた。私は三秒ほど考えてから答えた。


「体の構造、主に感覚器官の構造が違うから、ですかね。発音出来ないとか、同じように聞こえていない、とか。人間側も同じですね。人の可聴域を超えた音は聞こえないし、喉から超音波は出ない。まあ、聞こえてないだけで出せる人もいるのかもしれませんが」


 私の答えに宇田賀が驚いた顔をして、パンと手を叩いた。


「すごいな。話が早くて助かるぜ」

「その通りです。宇宙イルカの生物学的構造はバンドウイルカとほぼ同じです。身体構造の差がコミュニケーションの限界を作っていると考えています。だったら感覚器官を通さずに、脳で直接会話すればいいじゃないか、と思ったのです。BMIを通して宇宙イルカの脳波を読み取り、コンピューターで意思を推定、変換して、BMIを通して人の脳に伝える。逆方向、つまり人の側からも同じ方法で意思を伝えられるはずですから、双方向のコミュニケーションができるんですよ」

「ま、そのためには、宇宙イルカの脳波と意思を相互変換できるモデルが必要なんだが、そんなものはどこにも無い。だから、自分達で実際に測定して作ろうとしてるのさ」


 御鍵がタブレットに表示させた私の履歴書を覗き込む。


「ええと、今のご職業はAIやBMIに関連しているのでしたっけ?」

「違いますが、個人的に勉強していました」

「あれ? 〈一級AI管理技術者〉の資格をお持ちなんですか。どうりで」

「はい、独学で取りました。転職を考えていたのですが、結局、実務経験が無いので難しくて……」


 AI技術が発展し様々な活用方法が生まれるにつれ、その悪用も目立ち始めた。また、AIの存在そのものに対して恐怖症に近い感情を抱く人はその普及当初から少なくない。

 仕事、権利、居場所を「奪われる恐怖」、自分や知人、著名人に「成り代わられる恐怖」、そして古典的なSFに見られるような「反乱される恐怖」、といったものだ。そこで今から三年前、適切なAIの利用を促進し、不安を払拭するため、国連においてAIの開発、運用に関する国際協定が採択された。AIを性能や規模に応じてクラス分けし、クラス毎に運用時のインターネット接続、システム上での権限の付与などについて細かい規制を設けたのだ。日本においてはAIの取り扱いには国家資格が必要になっており、高性能AIを取り扱うには資格や取り扱い許可の申請が必要だ。

 宇田賀が椅子の背もたれに寄りかかりながら嬉しそうに言う。


「ラッキー。君がいれば俺が資格取らなくていいな。脳活動解析と変換モデル作成にはそれなりの情報処理AIが必要なんだよね。俺、勉強嫌いなんだよ。よし、採用!」

「ちょっと、ウタちゃん。勝手にそういう事決めないでください」

「え、いいじゃん。こんな怪しい会社に興味持ってくれる奇特な人が有資格者なんて、逃す理由がないぞ。資格取るの面倒だし」

「怪しい会社って……否定は出来ないですけどね」


 御鍵は呆れた顔で軽くため息をついてから、私に向かって言った。


「ええと、給料は今お勤めの会社ほどはとても出せませんし、うまくいくかもわからないから、正直、一年後に会社があるかもわかりません。不安定です。それで良ければ……」

「金使っちゃったからな。今、千葉県に実験用プール付きのラボを建設中なんだぜ。このラボがすごいんだ。なんてったって、千葉県の太平洋側にあるのに東京ラボって名前なんだぜ。はっはっはっ、傑作だろ。せめて東京湾沿いに作れよ、ってな」

「ウタちゃん、そんなところに作ったら土地代で資金が尽きますよ。都内に事業所が欲しいなら、早く結果を出して投資家に出資してもらわないといけません」

「おお、夢が広がるな。宇宙イルカが錬金術でも教えてくれることを願うしかないぜ。な、愉快な職場だろ?」


 私は悩む。つい勢いで仲間に入れてくれなどと言ってしまったが、どうしたものか。確かに、私は少数精鋭の小さな会社で実力を身につける「べき」だと考えていた。自分がナニモノなのかを自信を持って言えるように「ならなければならない」と。だが、事業拡大中の勢いのあるスタートアップ企業に入れるほど、現場で役立つスキルや経験はない。勉強は苦手ではないから独学で難関資格を取ることはできても、それだけでは即戦力だとは見なされない。大企業の若手社員など、社外に出ればそんなものだ。だから、〈ミカギテクノロジー〉に入社できるのはチャンスかもしれない。だが、まだ実績のない会社だから、当然リスクも大きい。詐欺の可能性だってある。少なくとも、「最適解」ではないだろう。だけれど……


 頭の中で、ついさっき見たイルカショーを思い起こす。この世にはぼんやりしていると過ぎ去ってしまう素晴らしい時間がある。そして何より、宇宙イルカと会話する未来を思い浮かべた私は――ワクワクしていたのだ、とても。純粋に楽しそうだと思っていた。でも、仕事を楽しそうかどうかで選ぶなんて……遊びじゃないのだから。そんなことはする「べき」ではない。

 私は顔を上げ、宇田賀に尋ねた。


「なぜ、宇宙イルカなのですか?」


 その問いに、宇田賀はにっこりと笑って平然と答えた。


「え? 楽しそうだからだよ」


 私はその瞬間に今の会社を辞め、転職することを決めた。

 途端に胸を満たした高揚感が、私にそれが自分らしい選択だったと教えてくれた。不安は全く襲ってこなかった。現実逃避の正当化であると人は言うかも知れないし、それは間違っていないのかも知れない。でも私は「最適解」から逃げて、好奇心の海へ飛び込んでみたいと、この時思ったのだ。


「入社します」

「え?」

「おお、やった! これからよろしくな」


 宇田賀が力強く私の手を握った。こうして私は〈ミカギテクノロジー〉の社員となることが決まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る