暗いと、黒い
櫻井 恵
第1話 黒い
---いつの頃からだったか、視界の端に見える”モノ”に気付いたのは。
記憶にあるのは、4歳か5歳の頃だったように感じる。
もしかしたらもっと前だったのかもしれないが、”ソレ”が自分にしか見えていない、と気付いたのはその頃からだったような気がする。
気付いたきっかけは、祖父とホタルを捕りに家の裏手に通る、地方巡幸の為に緑に塗られた道路(当時既にひび割れ補修寸前であった)へと繰り出していた時だったと思う。
私の実家がある山陰地方の山間部地域は典型的な地方の田舎で、限界集落ほどではないにしろ家と家の間は数メートル開いて建てられ、いくつかの住人が居なくなった空き家は屋根の真ん中ほどでへこみ、軋んだ瓦が浮き上がり、雨水により腐った木材が天井を破り、窓から見える室内は人が踏み入らない藪の中のようにも見えた。
その以前から日中の空き家の中に影が見えたり、山の中を動く等身大の気配を見たりということはあったが、現代と違い当時の夜は街灯も少なく、LEDライトのように高輝度でもない市販の蛍光灯が点いているだけの街灯だけでは夜の闇を見通すのは到底できず、子供が夜に山に近い道を歩くことも滅多になかったため”アレ”らがどのような”モノ”なのか私は知らなかった。
祖父と二人、日没後まもなくの西の空がほんのり夕方の名残を残した中、山から、溝からゆっくり立ち上る煙のようにホタルの光が浮き上がるのを見つつ、虫捕り網を両手に構えた私は手頃な高さに来たホタルをその手の中の網で捕獲し、腰に下げた黄緑のフタがついた虫かご(アクリル製水槽にもなる)に捕獲したホタルを入れて、淡い光に自分の服の色が浮かび上がるのを眺めては祖父にたくさん捕れたことを自慢げに報告していた。
ふと、一軒の空き家前に差し掛かった時のことだ。たしか近所の酒屋に住んでいる友人の大叔父が、以前豆腐屋を営んでいたという2階建てのコンクリ作りの作業場と、木造平屋のこじんまりとした母屋でカーテンはなく、窓越しに向こうの山肌がうっすら見える。
その家の中に黒いカタマリが視えた気がした。
祖父に「じいちゃん、あの黒いのってなんであっこから出てこんの?」
と、聞くと60代ですっかり頭が白く前頭部が禿げ上がった祖父がそちらを見ながら
「どがあなんが見える?」
と少年の私に聞いた。
「黒っぽい・・・・おばちゃん?」
それを聞いた祖父はほんの少し目を細めたあと、カラカラと笑い
「そのおばちゃんはあっこが好きなんじゃろ」
といい、そのあと少し真面目な口調で続けた。
「じゃけえ、あっこは勝手に入ったらおばちゃんが怒るけえ、探検とかゆうて行ったらいけんけえの」
なんとなく気にはなりはしたが、その時は大好きな祖父に言われたため素直に従った。
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その後小学校に上がる頃、件の酒屋の息子の兄とその友人と例の空き家に入ることが話題に上がった。
どうやらそこにはどこぞの喫茶店などから引き揚げたテーブル一体型のゲーム筐体があるらしい。
今ではとんと見かけなくなった有名ゲームメーカーのアーケードゲームの走りとも言える筐体があるらしく、何台もあるし電源もあるため遊びに行こうとなったようだ。
、私は祖父との約束もあり明るい時にその家の前を通っても、向こう側が見えずらい空間があるため嫌な気がして消極的だった。
しかし好奇心旺盛な6歳児がゲームやり放題の誘惑に勝てるはずもなく、渋々ながら山側の窓から中へ侵入したのだった。
初めて入った空き家。人が居なくなって久しい家特有のもの寂しさと、寒々しい空虚な屋内に一瞬足が竦むが、近所の兄さんたちが既に筐体に電源を入れて小さな歓声を上げている。
それを見て自分も混ざりたいと、腐りかけた畳に土足で足を踏み入れたところ、全身にゾクリと悪寒が走り頭皮の毛穴が収縮し全身から脂汗が噴出した。
ゴクリと生唾を飲み込む音が自分の耳に聞こえる。友人たちは変わらずゲームに熱中している。
私は、ゆっくりと足を戻し、小刻みに震える体を必死に制御し
「ごめん、便所行きたくなったけぇ帰るわ」
と、普段通りの振りをして友人たちへ声をかけた。
友人たちは揶揄い混じりの視線を向け(子供はトイレ関連の事はイジリの対象である)
「おー、じゃあのぉ」
と、手をあげてヒラヒラしている。
私はそれを横目に、はた目には随分必死にトイレへ行こうとしているように見えたであろう風に山肌へジャンプして、足元に注意しつつその場を離れた。
窓へ振り向く際、ちらりと見えた薄暗い室内に見えた黒いモヤは私を凝視しているように感じて、一目散に逃げたのであった。
その後特に何の問題もなく私は帰宅することができたが、後日聞いた話ではそのあと天井からナニカの獣の足音が聞こえたと思ったら天井の一部が剥がれて屋根裏のホコリや、動物の巣などが降ってきて、阿鼻叫喚の絵図となり、電源ケーブルだけ抜いて這う這うの体で逃げ出したらしい。
久しぶりに帰郷した際に散歩している最中にあの空き家の前を通ると、壁は剥がれ、屋根は室内に崩れ落ち、室内には太陽の光が差し込み、自然に帰りかけている様相であったが、あの黒いおばちゃんは見かけることはなかった。
それからも私は幾度も黒いモノと遭遇したり、奇妙の体験をすることになったが、その話は次の機会に話すとしよう。
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