クラッシャー

@712445

いつもの通り

 パイプ椅子の皮の感触が、太ももの骨に心地よい。30人は入れそうな会議室の中、スクリーンに背を向ける形で私達の正面に女性が立っている。背丈は150から160cm程だろうか、オフィスカジュアルを着こなしている。肩に触れるほどの栗色の髪や、黒く大きい瞳、柔らかな微笑は、今、彼女に相対する就活生にとって、その緊張感を和らげるだけの魅力を備えている。

 そして、部屋の柱に取り付けてある時計を見て、その口元が開き白い前歯が覗く。

 「定刻となりましたので、始めさせていただきます。まずは、この暑い中、弊社のインターンにお越しいただきまして、誠にありがとうございます。本日の司会を務めます☆☆と申します。どうぞよろしくお願いします(一礼)。」

 「…(その場の就活生一同がお辞儀)。」

 先程、彼女に抱いた印象とは異なり、社会人としての洗練を感じさせるような厳かな挨拶である。

 これから始まる企業のインターンシップへの期待感が高まり、心臓の運動が激しくなるのを感じる。彼女の次の一声に備えて、拳を膝の上で握りしめた。

 「本日のタイムスケジュールとなりますが、前のスクリーンをご覧ください。

一番最初に皆さんには、自己紹介をしていただき互いの情報を共有していただきます。

その次に、弊社の事業内容をご説明し、休憩を挟んだのちに、皆様に簡単なグループディスカッションをしていただく予定となっております。

最後に、質疑応答の時間をとり、アンケートに解答していただいた方から、ご帰宅していただく流れとなっておりますが、ここまでで何かご不明点ある方はいらっしゃいますか?」

 「…(前の席の男が首を横に振ったため、私も首を横に振る)。」

あたりには、静かな雰囲気が流れている。

「かしこまりました。では、お手数ではございますが。○○さんから、自己紹介の方よろしくお願いします。」

○○「はい!S大学から参りました。3年生の○○と申します。最近は~~~について学習しております。趣味は~~~です。本日はどうぞよろしくお願いします。」

あたりさわりのない自己紹介ではあるものの、押さえるべき点を含んだ自己紹介だ。私を含め残り5人の自己紹介も概ね彼に似通ったものになるであろう。

××「L大学から来ました××と申します。~~~。今日はよろしくお願いします。」

私「O大学から参りました、△△と申します。法学部に所属しておりまして、現在はビジネスにまつわる法律を学んでおります。趣味は登山です。本日はどうぞよろしくお願いします。」

私は、自己紹介を終え、それからの3名も円滑に自己紹介をした。

そうして、ひと段落つき、笑顔で頷きながら話を聞いていた☆☆さんが口を開いた。

「皆様、自己紹介をしていただきありがとうございます。□□さん(私の右隣に座っている人)なんかは、サウナがお好きとのことで、私も最近ハマってるんですよ!」

と、気さくなリアクションを取り、こちらを和まそうとしてくれているのがよく分かる。

「はい、それでは、自己紹介も終わったので、弊社の紹介の方も進めていこうと思います。みなさん準備はよろしいですか?」

そこからは速かった、12時を告げる社内アナウンスが流れるまで、その会社がどのような事業を展開しており、顧客や社風について、沢山のことを☆☆さんは喋っていた。

みんながメモをとる中で、私も必死に手を動かし、その状況でも笑顔とリアクションを取り続けられるよう意識していた。

私の笑顔は不自然でなかっただろうか。聞き漏らしたことはなかっただろうか。脳内でそんな風に振り返っていると、別室へ何かを取りに行った☆☆さんが、帰ってきた。その手にはビニール袋がぶら下がっており、その形は、四角いシルエットだ。

「えー、みなさんお疲れ様でした。12時になったので、一旦お昼休憩を取ります。

お弁当をこちらで用意したので、みなさんで談笑しながら召し上がって下さい。」

行き届いたものだなぁ、感じながら、☆☆さんから弁当を手渡される。

「いただきます(小声)。」

と言うと、周りもつられたように手を合わせて、割り箸を開く。

私は、こういった時にどんな顔をしてものを食べれば良いのかわからない。そして、隣にいる××さんや□□さんにどんな風に話しかければ良いのかも、全然わからない。

性格が根暗なのだろうか。それはそうに違いないが、もっと根本のところで、私はなにか重大な欠陥を抱えているのだろう。

その欠陥から目をそらすために、浅い関係の人には、過去の自身の失敗談を話すことにしている。そして、自分がどうしようもない馬鹿で阿呆なのだと相手にわかってもらえるととても安心する。

弁当を食べながら、私は、××さんと□□さんに中学生の時、夏季休暇の課題に一切手をつけないまま、8月の始業式を迎えたエピソードを話した。

数学の課題に関しては、家族に涙や鼻水を垂らしながら懇願するかたちで手伝ってもらったものの、それでも終わらず、職員室で担任に土下座で謝罪した経験をつげると。××さんなんかは口に含んでいた白米を吹き出して、笑った。

それを見て、私は心底安心した。

例え、相手が私に示してくれる気安さの源泉が自分に対する、侮りや蔑みであるとしても、それを甘受したいと思う。

人との関係で、最下層にいようとも、居場所があるというだけで、有難いと感じる。

なぜなら、居場所を与えてもらうだけで、私の持つ愚かさの下で眠っている、口には出せぬ欠陥と向き合わずに済むからだ。

××さんがげらげらと笑う中で、 □□さんは、口元こそ笑顔だが、目は笑っていない。どうやら××さんよりも観察眼に優れているらしく、私の道化に違和感があるらしい。

□□「えー、バカみたい(笑)。でもそんなこと、ほんとにあったのー?」

私「ホント、ホント!いやー、俺って本当ににしょうもないやつなんだよ。」

□□「まー、私も似たようなことしてきてるから気にしなくていいんじゃない?」

私に同情してくれてるらしい。□□さんも優しい心根のようだ。

私は、なんだか申し訳なく感じてきていた。







 

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