第一章 憧れの宰相様に求婚されました①
真っ黒な雲から
ひっきりなしに光る空、耳をつんざくような
歩き
すすり泣く声が
「だいじょうぶです。きっとすぐに見つけてくれますよ」
そう
「ステラはこわくないのか?」
「こわくないです。グエナエル様が一緒ですから」
そんなのは嘘だった。私はまだ十歳だし、なんの力もないのだから。
いくらここがボードリエ家の領地だとしても、帰り道もわからず、野生動物が急に
現に
(私がしっかりしないと)
なにせ彼はこの国の王太子。その身に何かあったら、責任をとらされるのは我がボードリエ
私の言葉に少しだけ
「服が
情けない声を上げてグエナエルが鼻をすする。それは
この日、ラフォルカ王家は、
はじめのうちは護衛の大人もそばにいたのだが、グエナエルはいたずら好きなのか、森の中を
こっそりとみんなの目を
ところが、しばらく進んで道に迷った
「ぜんぶ、私のせいにしてください。怒られるのは慣れていますから」
大きな木の幹に背中を預け、座り込んでいた私は
「な、泣いていたこと、
「言いません」
口は
私は、にこっと笑ってみせた。
「……おまえ、なかなかかわいげがあるな」
「へ?」
「よし。俺の家来──いや、
グエナエルは小鼻を
「うふふ。ありがとうございます」
不安で
やがて雷鳴が遠ざかり、雨の勢いも弱まって葉の間から
「
ぬかるみに足を取られながらも、目を
「こっちです!」
私は思い切って大きな声を上げる。
緩くなった地面を走ってくる足音と共に、背の高い男の人が細い枝葉をかき分けて姿を現した。
「グエン!」
王太子をそう
(なんだっけ、メイドが読んでいた大衆紙に書いてあった、水も
輝く金色の毛先から伝い落ちた美しい雫が、整った鼻筋の
──私は、一目で心を
「
少し前まで濡れ
「グエン。それにステラ
青年はホッとしたように歩み寄って、上着の中から
その
「俺の方が先ではないですか?」
「震えているレディの方が優先だ。今に護衛の者たちもやってくる。歩けそうなら行こう」
青年はグエナエルに
なんと
「ボードリエ伯爵も心配していたよ。これからは
温かい
「ご、ごめんなさい……」
新緑色の瞳を
「もう
服が
聖人君子──本を読んで覚えたばかりの言葉が頭をよぎった。
「叔父上。そんなことより、ご報告したいことがあります!」
「俺はステラを妃にすると決めました」
それって、誰かが見つけてくれるまでの『ごっこ遊び』ではなかったの?
私はぐすっと鼻をすすった。
「悪いが、ステラは私と
ひょいと軽々と
「ステラ! こっちに来い!」
十歳の、まだかわいげのあったグエナエルが顔を真っ赤にして私を引きずり降ろそうとしている。
「ステラ! 起きなさい!」
ん? 降りなさい、じゃなくて?
「ステラ!」
キーン、と耳鳴りがした。
バチっと目を開けると、目を
「……
だが、叔母が目の前にいることは理解ができなかった。
私が暮らしているのは、王都にあるボードリエ
念のため
「いつもこんな時間まで
数か月ぶりに会う叔母は、相変わらず派手な色のドレスに身を包み、大ぶりの石が輝く指輪をいくつも
「申し訳ありません」
私は叔母から目を
「もう昼前よ。それより、とんでもないことをしてくれたわね、あなたは」
ギラリと目が光ったような気がして、心臓が縮こまる。
私は
「話があるの。さっさと
ドレスの
入れかわるようにハウスメイドのエレンヌが頭を下げながら、
「ステラお嬢様。申し訳ありませんでした。一度起こしにまいったのですが、ぐっすりお休みになっておられたので……昨日のこともありましたし、そっとしておいた方がいいのではという意見に
しゅんとうなだれた彼女は、すでに叔母からお
「私のせいね、ごめんなさい」
ため息をつき、エレンヌが
昨日のルドヴィクとのやりとりが、私には
もっと話したいこともあったのに、頭の中が真っ白になってしまって、その後の会話は覚えていない。
(なにか言われた気がするんだけど……)
「そんなことはありません。もともとご訪問の予定はありませんでしたし」
エレンヌの声でハッと我に返る。
叔父
(どうして私の周りには自分勝手な人しかいないのかしら)
はあ。昨日から何度ため息をついたことか。
「婚約
気を取り直して、私は大きく
「はいっ」
エレンヌは明るい表情になり、大きく
私はクローゼットから
ドレッサーの前に移動し、彼女に手早く
「お
「このままでいいわ。別に婚約者に会うわけじゃないし」
鏡の中の私は苦笑いを
同じようにここに座っていた昨日、久しぶりに
昨日に
「さて。
私はゆっくりと深呼吸してから、一階の客間に向かった。
「グエナエル王太子殿下に婚約破棄されたというのは、本当なのか?」
客間にはすでに叔父夫婦がソファに座っており、しかめっ
「お知らせの手紙を送ろうかと思っていたのですが、その必要はなかったようですね」
向かいのソファに座った私は、
「もしかして本日こちらにいらしたのは、すでにご連絡があったからですか?」
であればグエナエルは、婚約解消の
「そろそろ新しいドレス一式を作らせようと思って、こちらへ来たのよ。王都の店の方が
叔母は一枚の紙をテーブルの上に、スッと出してみせた。
一度ぐしゃぐしゃに丸めたのだろう、しわだらけの紙はどうやら新聞の号外らしい。
大きな見出しで「グエナエル王太子殿下がステラ
「まさに青天の
「近年ステラ嬢はグエナエル王太子殿下をないがしろにし、家に引き
はあ?
紙を
ないがしろにしていたのは、どちらかというとグエナエルの方だ。
毎週のティータイムが少しずつ月に一度に減り、今では三か月に一度、それも短時間だけ。公務が
こちらは自由に外出することも許されていないので、仕方なく家で大人しく勉強を
「……今回の事態を受け、ステラ嬢には失望したとの町の人の声が多く聞かれた。おそらくもう彼女に幸せな未来はないと思った方がいいだろう」
こっちが失望したいくらいだ。
(なんなの、この飛ばし記事は!)
勢い余って
たしかに私に原因があるのかもしれないけれど、
「今からでもいいから、グエナエル王太子殿下に謝ってきなさい!」
「む、無理です……もう
「いったい何のためにおまえを育ててやったと思っている! その恩も忘れ、好き勝手をして王家に多大なる
それに、愛情をかけてもらったとは少しも思っていない。少々お
何か悪いことがあれば、すべて私のせいだと決めつける。
両親が
成長した今では、それがただ不運だったとわかるのだが、悪いことがあると自分のせいなのではないかと最初に考えてしまう
グエナエルとの婚約が決まり、生まれ育った家を
「あなたに非があるのだから、土下座してでも
語気の強い叔母の声を聞くと、身がすくむ。
(私が何をしたの──?)
そう言いたいのに、この人たちを前にすると言葉が
逆らえば、
幼い
「で、できないんです。グエナエル王太子殿下には、すでに
「本当に使えない
叔父はふんと鼻を鳴らす。
私はぐっと
「殿下の婚約者ではないおまえには何の価値もない。ボードリエ
「除名……?」
伯爵家から
「そうね、そうしましょう」
叔母はにんまりと
「あなたは今日から赤の他人よ。さっさとこのタウンハウスから出ていきなさい」
「いきなり、そんなことを言われましても……」
今日の今日はさすがに
「さあ! 出ていくのよ、役立たず!」
「は、放してくださいっ」
「ステラお嬢様!」
エレンヌが悲痛な声を上げて近寄ってこようとするのを、叔母が一睨みして立ち止まらせる。
「何を見ている! 口出しは無用だ。仕事に戻れ!」
叔父がこめかみに血管を浮き上がらせながら
「さよなら、ステラ。もう二度と私たちの前に顔を見せないで」
「叔父様、叔母様……!」
「私は──」
十年間、必死で
顔を上げて反論したかったけれど、それより先に玄関のドアノブを
「言い訳など聞きたくないわ!」
玄関のポーチは階段になっている。後ろ向きのまま段差で
──頭から転んじゃう。
心臓が
だが、それがドキンと大きく
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