プロローグ ~捨てられた令嬢~
「ステラ。おまえとの
久しぶりに婚約者から呼び出されたので、部屋を訪問したら第一声がこれ。
まだ着席もしていませんけど?
私は新緑色の
かたや婚約者──グエナエル・バロー・ラフォルカは、上質な
グエナエルが首を
素材はいいのに残念な人、これが私の婚約者。
いくらこのルニーネ国を統治している王家の
「お言葉ですが、
私──ステラ・レイ・ボードリエは部屋の入り口に立ち
久しぶりに王宮へ呼ばれたので何を着ていこうか、と
するとグエナエルは、わざとらしく大きなため息をつく。
「結婚証明書にサインした後では、
「そういうことを聞きたいのではなく──」
「父上からの許可はもらった。あとは、ほら、ここにおまえのサインが入れば正式な書類として認められる」
すでにソファの前のローテーブルの上には、一枚の用紙とインク
「失礼ですが、
「あんな
グエナエルの
「理由を……お
私は
「俺はここにいるカミーユと人生を歩んでいくことを決めた。おまえはもういらない」
実のところ、入室した時からずっと気になっていた。王太子の
「フルマンティ
長い黒髪を
(んん? そこ、お礼の言葉を言うところだった?)
私は微笑を顔に張りつけたまま、ゆっくりと首を左に傾けた。
「殿下。曲がりなりにも我が家は
気を取り直して正論を口にすれば、グエナエルは鼻の頭にしわを寄せた。
「家格だの利益だの、カビの生えたような古いしきたりなどに
ドヤっと胸を張ってみせたグエナエルの
(いったい私は、何を見せられているのかしら?)
そこには完全に二人の世界が出来上がっていた。ぽやぽやと春の
「カミーユが
なんて自分勝手な人だろう。
ぐっと唇をかみしめる。
私だって今年で二十歳だ。婚約の手続きをしたのは十年も前。
貴族令嬢として、これから婚活をするにはやや
きっと私に何か落ち度があったのだろう。
気づかないうちに、グエナエルの不興を買っていたのかもしれない。ここ数か月、顔を合わせる時間が減ってきて、
私はグエナエルの
「わかりました」
羽根ペンを取り、書面に目を落とした。『婚約解消についての同意書』と上の方に書かれており、すでにグエナエルの自筆の署名、そして彼の父の署名もあった。
国王が決めたのならば、それに
震えの止まらない右手で、なんとか自身の名を書き記した。
「よし。これでおまえとの婚約は解消だ。もう下がっていいぞ」
虫を追い
「解消」とはいうものの、実際はグエナエルからの一方的な「
衛兵に
「これから、どうしようかしら」
はあ。今後のことを考えると気が重い。
とぼとぼと一人で王宮の長い
半円状の
窓辺から見える
「……
すん、と気持ちが冷めて鼻で息をつく。
どうぞ愛する人とお幸せに。
「そうよ。落ち込んでいたって仕方ないわ。殿下より、もっともーっと幸せになって、私との婚約を破棄したことを
たとえ悪いのが私だとしても、自分の幸福を願うくらいはいいわよね。
正直なところ、自分勝手ですぐに不機嫌になるグエナエルのことは、好きになれなかった。だが結婚して何十年も
「ステラ」
陽光をたっぷりと浴びた
「ルドヴィク殿下」
私も例にもれず、そのうちの一人だ。
(はあ……今日も
目がくらむような尊さに、思わず胸が震えてしまう。
「兄から話は聞いている。私の
目の前で足を止めたルドヴィクに
「ええ、はい。本当に、私の十年を返していただきたいです」
十歳の時にグエナエルに
同年代の
「私に何かできることがあれば言ってくれ」
(ああ、今すぐキャンバスに写し取りたい……!)
描くものがここにないのが
グエナエルとの婚約は解消され、もうここへ足を運ぶこともなくなる。つまり憧れの人とこうして会話をするのも、今日でおわりということ。
勉強が難しかったり、故郷が
グエナエルにお茶会をすっぽかされた時には、クッキーを包んで持ってきてくれて薔薇園のベンチで一緒に食べたこともある。
ふと、ルドヴィクが婚約者だったら、今こんな
普段であれば、忙しい彼を
ルドヴィクが婚約者だったら──?
この先、行き
「では、王家の一員であるルドヴィク殿下が責任をもって、私と結婚してくださいませ!」
勢い任せで出た言葉は、
悪いのはグエナエルであって、ルドヴィクには
当然ながらルドヴィクは、数秒間目を丸くしていた。
(ああ、どんな表情も
いくら十年間王太子の婚約者だったからと言って、一回り以上も年の離れた娘からの常識外れの提案は、
はっきりと断られたら、さらに惨めな気持ちになるし、やはり早くこちらから冗談だと言って
「……な、なーんて。
「わかった、君の望みを
引きつった
湖水に似た、
「私と結婚していただきたい、ステラ」
頭の中で祝福のファンファーレが、うるさいくらいに鳴り
ちょっと待って。
勢いで言っただけなのに、
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