第7話 生贄が届いたので名前を決めてもらう
生贄の少女を見送ってから5日目。もうそろそろだろうか。
昨日からずっと小屋の中の椅子に座っている。
食事もとってはいるが、小屋の中に置いてある干し肉くらいである。
一応俺の後ろの机にはちょっと奮発した料理が置いてある。ここに送られてくる生贄の少女のために作ったものだ。腹を空かせているだろうからな。
とはいえ、ここでずっと待っているのも飽きてきた。
かけている霧の動きを確認する。
小屋から歩いて1時間ほどの距離を、一人の人間と牛一頭が歩いているのを感じられた。
村からここまでは、普通に歩くと4日ほどかかる。どこにあるのか知らない場所に向かっているのであれば、それ以上かかるだろう。
そう考えれば、なかなか早くここまで来たということになる。やっぱり魔物のすぐそばで暮らすと、勘が良くなるんだろうか?
しかし、本当に飽きてきた。
「少し遊んでみようか」
独り言を呟きながら、手のひらを小屋の外に向ける
今俺がしようとしているのは、魔物の召喚だ。
どんな魔物がいいだろうか?足の速い魔物で、群れない種類。
バイコーンなんかはどうだろう。ペガサスと似た見た目だが、ペガサスよりも速く移動できる。
今欲しい従魔としては、ちょうどいい。
手から魔力を放出しながら、召喚魔術の術式を編み込んでいく。
一瞬で召喚陣は完成し、バイコーンが召喚される。
召喚と同時に、使役魔術を行使して、従魔にする。
俺がこいつに課す命令は一つ。
「生贄の少女を、ここまでできる限り早く連れてこい」
そう。流石に待ち続けるのには飽きたのだ。
あと1時間の辛抱かもしれないが、焦らされているようでムズムズする。
ということで、こいつに連れてきてもらおうという作戦だ。
バイコーンは早く移動できるだけで、特に強くないし。あとで解放してやろう。
そうこう考えていると、すぐに消えていった。
再びに霧の方に意識を移すと、いつの間にか先程の青年と牛のところまでたどり着いていた。
流石はペガサスよりも速く走る魔物。それをもっと強さに活かせなかったものかね。
昔はたまにこの森に出て、食べてみようとも思ったが、なかなかに速く、結局バイコーンの召喚魔術を自作して、なんとか食べることができた。ちなみにとても美味い。
まぁ今は関係ないな。
「とにかくここまで運んできてもらうことが最優先だ。っと、流石に速いな」
いつの間にか森を抜けて、岩肌を駆け上がったあとだった。
「もうどっかに行っていいぞ」
そう言って従魔契約を解く。
食べるのは今度でいい。今は目の前のことを楽しみたい気分だ。
「入れ」
できる限り低く、威圧的な声で話す。
話しかけた相手は、小屋の外で横たわっている少女だ。
バイコーンが放り投げるように置いて行ったから、どこか打って気でも失ったのだろうか?
ずっと待っていたんだから、早くしてほしい。こちとら待ちくたびれているんだ。
だが、動く気配すらない。
うーん、俺が起こすべきか。それとも起きるのを待つべきか。
気を失っているのなら、その内に椅子に座らせておいて、起きたら目の前に大魔族、というのもいいかもしれないな。
悩む、悩むが、やはりこれ以上待つのが面倒くさい。さっさと起こしてしまうか。
座っている椅子から立ってみると、少女が見えた。
白い肌に、真紅の髪。夜の暗闇の中でも、それはわかった。
服は剥がされ、全身擦り傷だらけ。なんなら、腹から血が流れている。
もちろん、可哀想なんてことは思わない。むしろ、あれで生きていることを称賛すべきだ。
さて、起こしてやろう。
「何をしている。さっさと──」
そこで言葉を続けるのをやめた。
なぜか。それはただ単に、非常に驚いたからだ。
どこで拾ったかはわからないが、少女は先端の尖った木の枝を持っていた。
そして、俺が起こすために近くまで行き、しゃがんで声をかけた瞬間、その枝を俺の目に向かって突き立ててきた。
なかなかいい狙いだ。
とは言っても、当然それは俺には届かない。なんの意味もなく、山の中で魔物の不意打ちを何度も受けてきたわけじゃないからな。不意打ちに対しての咄嗟の決壊魔術の発動は、お手のものだ。
それよりも。
「いいね」
ふと心の声が漏れる。
触って確認しなくとも、自然と口角が上がっていくのがわかった。
それほどに興奮していた。
少女はというと、力尽きて地面に伏している。今にも死にそうな息遣いだ。
だが、俺は絶対にそれを許さない。俺の興味をひいておいて、勝手に死ぬことなど、俺は到底許さない。
「それで死ねると思っていたのか」
低く高圧的な声で続ける。
同時に治癒魔術を発動させ、腹の傷や擦り傷を全て治癒していく。
20秒経つ頃には、傷は全て塞がった。
「中で話をしよう。小屋の中に入れ」
治癒が終わると、そう促した。
少女も抵抗はせずに、すんなりと小屋の中まで入ってくれた。最初からそれができるのなら、やってほしい。まぁ楽しませてもらったから、よしとするか。
さて、ここからの俺の言葉で、この生贄の気持ちの行き先が決まるんだ。慎重に正確に行こう。
「なぜここまで連れてこられた」
まずはそう聞いた。
当然、「バイコーンに連れてこられたから」のような回答は期待していない。それくらいはこの目の前の少女でもわかるだろう。
ここで事実を植え付けておく。
「私のことは……どのようにしても構いません。ですので……どうか怒りを村に向けないよう……お願いします」
いかにも指示されたような内容だ。もしこれを本心から思っているのなら、俺は容赦なくこいつを殺して、村も滅ぼす。
しかしそれでは楽しくない。俺は先程の、この少女の生への執着を信じている。
「お前をさっきみたいに傷つけた村か。どんな恩義でそんなことをする?それとも矜持は母親の胎にでも置いてきたか」
「村は……私をここまで育ててくれました……。恩義としてはそれで十分です」
「そうか。それなら俺は村を滅ぼして、お前が死ぬことを許さない。そうしようか。俺は捻くれているもんでね」
「それは……」
そのまま押し黙る。慎重かつ正確にとは言っても、最近久しぶりに人と話したんだ。やり方が合っているかはわからない。
だが、選択肢は示しておくべきだな。
「なに、俺はやろうと思えばお前を支配することだってできるさ。自分の手で、恩義を感じている村に手をかけてみるか?それとも、このまま俺の調理されてみるか?」
調理は嘘でございます。流石に人食の趣味はない。
でも、本当に村になにも感じていないのなら、俺はこの少女を殺す。見当違いだったということで、村は俺が魔術で焼いて終わらせよう。
「……いい」
小さな、掠れたこれが聞こえた。
「聞こえないな」
「それで……いい」
これは、どっちなんだ?
もう少し押してダメなら、諦めよう。
「なんだ、村は自分で滅ぼしたいのか。恩義があるのかないのか、よく分からんな」
「……ない。恩義なんて、ない……!」
これは、ビンゴなのか?
「そうか。なら、俺が力を貸してやると言ったら、お前は村を焼いてみたいか?」
「…………」
そこで押し黙るなよ。
とはいえ、あと少しな気がするな。
「お前を傷つけた相手に、復讐してみたいとは思わないのか?興味がないのならいい、俺がやろう」
ガタッ、という音と共に、少女の座っていた椅子が倒れる。
「私が……私がやる。あいつらなんか、全員死んでしまえばいい!」
いいね、力強い口調は嫌いじゃない。
ともかく、これで俺がなにをするかは決まったな。
「ほれ」
そう言って俺が差し出したのは、さっきまで後ろで置いていた料理だ。
火魔術を使って温めておいたから、出来立てほやほやとほぼ一緒だろう。
「え?」
少女は固まって俺の方を見た。
なんというか、初めて目があった気がするな。初めましてと言うべきか?
「食え。何も食べていないんだろう」
食べるように促すと、露骨に嫌そうな顔をした。
こいつが命知らずなのか分からないが、さっきまで自分を殺すと言っていた相手には従わないのが普通なのか。覚えておこう。
「名前は?」
そう聞くと、また押し黙る。
なるほど、これはあれだな。生贄に捧げるときは、そいつの名前を剥奪するっていう昔からの風習だ。まだ続いているのか?いや、1,000年前の通りにやったのならそうなるか。
「なら、お前の名前はアーレだ」
アーレ。適当に考えただけだが、いいんじゃないか?どうせ家名は持っていないだろうし。
というか名前か、人と話していないせいで俺の名前を忘れた。そもそも俺も名前を持っていたかどうか怪しいが、昔人がいる場所で暮らしていたなら持っているはずだ。
「あ、あの。あなたの名前は?」
こいつ、人が考えている時に。
自分の名前を決めるのなんてやったことないのだから、当然分からない。人の名前なら無責任に決められるが。
そうだ。
「お前が決めろ、なんでもいい。好きに呼ぶといい」
秘技、人に決めてもらう。いや秘めておく必要はないが。
とりあえず自由に決めてくれ、使うとしても100年程度だろうし。
「えっと、その……じゃあ、ヴォルド、で」
ヴォルドって、なんだ?
まぁいいか。その名前で行こう。
「分かった、それならヴォルドと呼べ」
とりあえず帯同させられる奴を手に入れることができたな。
あと一週間後に新月だから、ちょうどその日に麓の村を滅ぼしてみよう。あぁもちろん、やるのはアーレだ。
「あぁそれと、それには人肉は入っていないぞ」
そう言うとアーレは一気に料理を喉に流し込んだ。
いい食べっぷりだ。
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