第5話 村に行ったら生贄が用意されていた
さて、世界を滅ぼすなんて宣言をしたものの、どうしたものか。
あれから二週間が経って今日が満月だから、次の新月までは後半分といったところだろうか。
やらなくてはいけないことを確認しよう。優先してやるべきことは、三つだ。
まずは今の世界情勢の把握。これは絶対にやっておかないとダメだ。潜伏とかして知識が無さすぎてバレるなんてことがあってはならないからな。
次にコネを作る。これはなくてもいいかもしれないが、疑われた時に身許保証とかをしてくれる人ができたら安心だ。
最後に同行してくれる仲間を作るってところか。俺のことは多分一人で暮らしていたって伝わっているだろうから、二人以上だと疑われにくいはずだ。
どれから始めるべきかな。まずは世界の情勢の把握から始めるべきか。
何も知らないままじゃ、始められないからな。
となると、なんにせよ人と喋ることが必要になるな。
であれば、村まで降りるべきか。というかあのおっさん意外と喋りたくない。人見知りなもので。
あぁ、でも前と同じ姿ではダメだな。もし俺の姿が村の麓まで伝わっていたら、すぐに追い出されてしまう。
幻惑魔術で姿を変えるとして、どんな姿がいいかね。
とりあえず、体とか顔とかは前に来た騎士の一人と似たようなものにしよう。
平凡な顔つきだけど、顔の雰囲気でちょっと強そうってなる感じのやつ。
服は、うーん。山賊が着ているような服に護身用の小さな短剣を持っていればいいか。鞄を背負っていれば、旅をしている人って言えば疑われ無さそうだ。
あと肝心なのは魔力かな。流石に千年前に一般人をやっていた頃よりかは、大分量が多くなった気がする。あと、黒ずんだせいで、魔族と勘違いされたからな。そこもなんとかしなくては。
まず魔力量は、そうだな。騎士団を率いていた女の子と同じくらいにしよう。色も同じように白っぽく。
魔力を全部身体の中に押し込めて、っと。そしてここから抽出した感じの白い魔力を少しだけ出す。
うん、こんなものでいいか。
これなら少し魔術に覚えがある旅人に見える気がする。
もし違ったらやり直せばいいし、一旦これで村まで行こうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
麓の村の近くまで戻ってきた。
今回は風魔術で飛んできたから、時間はそこまでかからなかった。とはいっても3時間くらいかかったわけだが。
遠目に見える村の雰囲気は、前回とあまり変わっていないな。
変わったところと言えば、軍の人たちが見えないことくらいか。
とはいえ、まだ残っている可能性はあるし、それでバレたりなんかしたらやってられないからな。ちゃんと警戒はしておこう。
そう思い、あたりを見渡しながら村の中に入っていく。
やはり目に見える変化は、軍がいないことくらいか。
俺が全員殺した後の増援はなかったらしい。ひとまずそこは安心だ。
次に気になったのは、村の人が少ないような気がする。
前回は村に少し足を踏み入れただけで、何人にも会うことがあったのだが、そういったことがない。
奥から喧騒みたいな声が聞こえるから、村の人たちがみんなそこに集まったりしているのかな?
もしそうだとすれば何をしているんだろうか。非常に気になる。万が一、俺にとって面倒くさいことだったら嫌だな。
それにしても、本当に麦畑はきれいだ。駆け抜けてみたい。機会があればやってみようか。
っと、歩いているうちに奥が見えてきた。
見えたのは、大勢の人の塊。やはり、奥に人が集まっているという予想は間違っていなかったらしい。
聞こえてくる音は、騒がしい話し声と、木材に何かがぶつかるような乾いた音だけだ。
うーーん、ますます何をしているのかが気になってくる。
「どうしたんだ?村の人間じゃないな」
後ろからそう声がかかる。そして、俺はこの声を聞いたことがある。
「おっさん!」と大きな声を出しそうになるが、我慢する。今の俺はこのおっさんとは初対面の設定なのだ。ボロを出すことなどできない。
「あ、こんにちは。実は、旅をしていて。途中で村を見つけたので、何か食べ物を買うことができればなと」
それっぽい理由をでっち上げる。今回は、それっぽいことを色々考えてきたから、積極的に攻めよう。
「最近は妙に知らない顔が来るなぁ。食べ物を買いたいんだったか、あそこを曲がったところにある肉屋とパン屋でも行きな。つっても、そこの店主は二人とも仕事をサボってここにいるんだけどな」
なんとまぁ、今回も親切にどうも。
というか、仕事サボって何しているんだ店主さんたちは。
今村に来たばかりだから、皆目見当がつかない。とはいえ、聞いていいものなのか。
もしかして、お祭りとかか?だとしたら俺も混ざりたい。1,000年ぶりの祭りとか、興奮する。
「む、もしやお前も噂を聞いてこの村に来たのか?全く、だから長老達に言いふらすのはやめろと言ったんだが」
何も質問していないのに、まさかの収穫。いや、詳細がわからないから収穫とは言えないが。
とにかく、何かがあるということだけはわかった。それで上出来だ。
あと、このおっさん多分口が軽いタイプの人間だな。よし、聞いてみよう。
「あの、この人だかりは何をしているんですか?」
「ん?あぁ、これは生贄を捧げる前の物忌だよ。あそこで横になって、断食をするんだ。この人だかりは、村のみんなが石を投げながら罵声を浴びせているだけだな。くだらないよな」
なるほど生贄。生贄?!
何それ、聞いてないんだけど。俺に捧げられるとかじゃないよね。本当にまさかだけど俺に捧げられるとかじゃないよね。
「あの、その生贄は誰に捧げるんですか?」
「知らなかったのか。噂を聞いているなら知っていると思ったんだがな。この山の奥にいる、大魔族だ」
嘘でしょ。いらないから、今すぐやめて。
「村の長老の一人が、なんか古臭い本を持ってきて、そこに生贄を捧げたら大魔族の怒りが収まったっていうことが書かれてあったんだ。なんでも、1,000年前の人魔戦争の時にも似たようなことがあったらしくてな。その時はうまくいったらしい」
1,000年前というと、俺が山に住み着いた頃だが。
まぁ、俺が生まれたの自体人魔戦争が終わってからだからな。誤差だろ。ずっと同じ生活を続けていれば、50年くらいの誤差は出る。
というか、だとしたら1,000年前に山にいた大魔族は優しいな。俺なら生贄が送られてきたことに怒って、村滅ぼす気がする。
それをまさか、生贄が送られてきて怒りが収まるとか。しかも俺がきた時にはいなかったら、移動したってことか。
そりゃそうだわな。生贄を送ってくる村の近くなんていたくないよな。
あとこの村千年も前からあるのか?すごいな。それとも村は最近できたけど、本は異論多人の手に渡ってきたとか。
とりあえずそんな長期間本を丁寧に扱う方法を考える頭があるなら、俺のところに生贄をよこすとかやめてくれよ?
俺はそんなのごめんだからな。もしやったらこの村を最初に滅ぼすぞ。
それと、伝達のために逃がした兵士さんは、この村には何も伝えなかったらしいな。世界の敵って宣言したのを、ただの怒りで括るのは無理がある。
「兄ちゃんもみていくか?醜いもんだが、もしこの村に滞在するなら慣れておかないとな」
見なくてもいいが、見ておいた方がいいか。俺はそう思った。
なぜか。それはもし生贄として捧げられるなら、この村を滅ぼすことは確定になる。だって、俺に迷惑押し付けてくるんだから。そして、この村を滅ぼすときに、その生贄を使ってみたい。
理由はもちろん、楽しそうだから。
「じゃあ、一応見ます」
俺がそう言うと、おっさんが歩き出し、それについていく。
そのまま1分ほど歩いて、人だかりのすぐそばまでついた。
人だかりの垣根の先に、木で簡易的に作った壁に磔になっている少女が見えた。
見えるだけでも外傷がたっぷりある。体全身に打撲痕、裂傷、擦り傷。額からは血が流れている。
あれじゃ生贄というより、集団いじめだな。
田舎の村だから集団意識が強いのはわかるけど、それで生贄を一人吊り出して攻撃か。
俺が言えたことじゃないが外道だな。本当に俺が言えたことじゃないが。
さらに、木の下には石が大量に落ちていた。おそらくそれを投げつけられていたのだろう。
村の人にもこの目の前の哀れな少女にも、同情はしない。
むしろ面白いと感じている。
人は自分が危機に陥った時、他者を攻撃することで心の平穏を保のか。
「お前も厄除けと思って一発投げてくか?」
おっさんに石を差し出され、受け取った。
もちろん断らない。監視の目がある上に、投げたほうが他の村の人たちに仲間として認識されて、もっと情報を聞き出せるかもしれない。
石から少女へ、少女から石へ、視線を移動させ、投げる。
俺が本気で投げたら少女が爆散しそうだから、適当に投げて壁に当てておいた。
隣のおっさんはというと、俺と同じように壁に当たった。
近くから、野次が少し飛んでくる。
当てろってか?別に外したっていいだろ。あぁもちろん、慈悲をかけているわけではない。
この目の前の少女は俺の道具になってもらうんだ。ここで壊してしまっては、元も子もない。
「あの子って、いつ送るんですか?」
目の前で磔にされてる少女を指差して、そう言った。
単純な疑問だ。人を迎えるのであれば、何かしらのおもてなしをするに越したことはない。
そのためにいつ送るのかを聞きたいだけだ。
というかどうやって送るんだ?まさか歩かせてか?食料とかを持たせたとしても、あれじゃ森を越えられないぞ?
「ちょうど今日の夜じゃなかったか?だから村の中央広場で色々準備してるんだろ」
言われてみれば、奥に見える広場で木材を組み立てたりしている。
なるほど宴みたいにやるわけだな。
生贄を送りつけるだけで怒りが収まるんなら、そりゃ儲け物か。俺は許すも何も、送りつけられたら怒って村を滅ぼすけど。
「場所はわかってるんですか?」
「ん?西にいるんじゃないのか?細かいことは知らないが、若いのが牛を曳いて、その牛にあいつを括り付けて西に連れていくらしい。なんか昔もそうやったんだとよ。ま、俺はあまり話を聞いているわけじゃないから分からんが」
なるほど、確かに前例があるのなら、場所がわかっているのかもしれない。前の大魔族さんが俺とは違う場所に住んでいた可能性はあるが、あそこ他に住むところなんてないからな。
それよりも魔物ばかりの森に送る方が疑問だ。魔物避けの何かを持ってたりするのか?
とにかく、今日の昼間はここで情報収集して、あの少女が送られるのと同時に帰ろう。
全く、面倒臭い。いや面倒ならやらなければいいと言われるかもしれないが、実は少しやってみたいんだ。
生贄を捧げられるなんていう経験、なかなかできないからね。
迎え入れて、そのまま送り返したらどんな反応をするんだろうか。
色々やってみたいことはあるが、家に帰ってから考えよう。
「なるほど、ありがとうございます。森に入るのは危険そうですので、今日はこの村を回って、明日帰ろうと思います」
「おう、楽しんでいけよ」
おっさんの言葉を背に受け、俺はその場を後にした。
その日の夜。生贄の少女は、青年に曳かれた牛に括り付けられ、森へと入っていった。
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