第3話 勘違いされたので世界を滅ぼす
家まで帰ってきた。
あの狩人のおっさんがくれた食事は美味かった。とは言っても、野菜と肉の煮込みだったり、麦のパンだったり、俺が普通にいつも結構食べているものだった。
新たなる料理には出会えず、悲しい。
そのあとはおっさんに案内してもらった村は結構きれいで汚かった。
きれいだったのは景色。収穫時期の麦畑とか、最後に見たのは1,000年近く前だから覚えていなかったのだが、非常にきれいだった。あと村の中を流れる川とかもきれいだった。
汚かったのは村の人たちの心と言いますか、なんと言いますか。田舎の村という閉鎖的な環境では仕方ないのだろうが、村の人全員が排他的に接してきた。村に軍が駐屯していてピリピリしているのであれば仕方ないが、あれは旅人っていう身分を嫌ってのものだった。
それで言えば、狩人のおっさんは村の人たちの中では圧倒的に優しかった。
とてつもなく、がつくレベルで優しかった気がする。
最初にあった第一村人があのおっさんで、本当に良かった。行きに魔物と出逢えなかったのは運が悪かったのか良かったのか。まぁ、今は気にしなくてもいいか。
それよりも、気になることが一つ。
山の中腹以上の森にかかっている霧は、俺が魔術でかけたものなんだが。その霧に反応があった。
霧は魔物よけにも、魔物を見つけて教えてくれる探知機にもなるから、便利な魔術なんだが、今回はおかしい。
10,000の軍勢が一直線で俺の元まで向かって来ている。
10,000の軍勢で思いつくのは、というよりそれしか思いつかないが、村に駐屯していた兵士さんたちだろう。
それが一直線で俺のところまで向かって来ている。
村のおっさんが言っていたのは、大魔族を討伐しにいく、だったか?
となると俺のことを大魔族と勘違いしているか、俺に向かってくる進路の延長線上に大魔族がいるか。その二択になってくる。
うーん、どっちだろうか。
どっちにせよ、勘違いだったら、その時は違うって言おう。だって、違うんだからな。
それにしても、これだけの人数で森の中を移動したら、魔物を刺激するだろうに。魔物を刺激して襲われたって、知らないからな。
もし魔物を連れてここまで来たら、絶対に許さん。なんなら怒って殺しちゃうかも。
「とにかく、何かしらの準備はしておくべきか」
あの軍勢はあと少しでここまで到着するだろうが、なんかしらの準備はしておくべきか?
軍の人たち村の食べ物奪ったらしいからな。魔物の肉でも並べておいてやろうか。
「見つけた……。絶対に……許さないッ」
魔物の肉を小屋にとりに行こうと思った瞬間、後ろからそう声が聞こえた。
何言ってんだこいつ。許さないとか、俺なんもしてないんだけど。
急に現れて許さないとか、やめてくれないか。
「囲め!」
先頭で俺の目の前に現れた人の掛け声で、後ろから現れた残りの人たちが、俺の周りを囲んでいく。
何この悪者として扱われている感。非常に不快なんですが、やめて欲しく思いますね、はい。
俺の周りを囲んでいる兵士さんたちは、みんな剣先を俺の方に向けて来ている。
何かしたかな。1,000年ぶりに山の麓に降りたら、武装した兵士さんたちに襲われるとか、やっぱり俺運ないかも。
「あーー…なんというか、その剣を下ろしてくれないか?何もしていないのに、襲われる意味がわからない」
本当に意味がわからない。何をしたいんだろうか彼らは。いや、指揮官の人は女性っぽいし彼女らの方がいいか?いや別にいいか、そこは。
「貴様……とぼける気か!我々の、我々の希望を奪っておいて……とぼけるなど、魔族には誇りというものはないらしいな!」
んなこと言われたってねぇ、俺魔族じゃないし、人間だし。
何が起こっているのか全くわからないんだが。本当に話が見えてこない。
でも、説得は無理そうなんだよな。先頭で指揮している人といい、俺の剣先を向けている全員目が血走っているし、怒られるようなことは何もしていないのに。
もし万が一あるとすれば、今まで殺してきた山賊にすごい奴がいたとかか?でも、俺は悪くないよな。だって、俺が殺して来たのは全部正当防衛だったし。
まぁ、最後に説得をしてみて、無理だったら風魔術ぶっ放して逃げよう。
「本当になんのことがわからないんだ。もし、今まで殺して来た山賊に用心がいたら、謝ろう。だが、俺は悪くないからな。向こうから襲って来たんだ、全て正当防衛だ」
「かかれッ!」
あっ、ダメだった。
今の掛け声で、囲んでいた人みんなが突っ込んでくる。それもすごい怖い顔で。
うーん、なんか最後の一言で指揮を取っている人の顔が、みたこともないような怒った顔になった気がするのだが。
何も変なことは言ってないだろ。おかしいって。
あーー、もういい。風魔術一発ぶっ放して逃げる。
「せいっ」
手を薙ぎ払うようにしながら、踵を中心に一回転する。それと同時に、風魔術を発動させていく。
これで目眩し程度にはなる。それから目を守った瞬間に逃げる。完璧な作戦だ。
じゃあね、二度と会いたくのうございます。
そう思ったのだが、魔術を発動して直後、ドサリ、という音があたりに響いた。
「マジかよ……」
思わず驚愕の声が漏れてしまった。
あたりを見渡すと、首や胸から上、それと、それらがない胴体。つまり死体が大量に落ちている。
血の海が広がっていて、まさに地獄絵図って感じだ。
いやそうじゃない。なんで?おかしくね。
俺はただ魔術を発動しただけ、それが、兵士さんたちが全滅している。嘘でしょマジか。
ともかく、逃げる必要は無くなってしまった。
それにしても、1000年の鍛錬で、だいぶ魔術が上達したんだな。なんか誇らしくなってきた。
あ、でも襲われた理由を聞いておきたかったな。生きてる人はいないかな。
探してみると、いた。さっきからずっと指揮していた人だ。死んだふりをしているのかはわからないが、動こうとしない。
でも、胴と頭が分かれてないから、生きてはいるんだろうな。
あの人に聞いてみようか。
「おい、頭を上げろ」
周りの惨状が惨状だから、それっぽく演技も交えてみようと思い、威圧的な声で話しかけてみた。
で、声をかけて少し待ってみたけど、頭を上げようとしないな。
強引に上げさせてみるか。
そう思って兜をを持ち上げてみる。
ずっと隠れていた顔が見えたが、これはびっくらぽん。美人ではないか。いや、今それは関係ないか。
「なんで俺を襲った。答えろ」
威圧的に話しかけてはいるものの、これに関しては普通に聞きたいことだ。
そもそも、今俺の心中は穏やかというわけではない。
いきなり理由も告げられずに襲われたんだ。当然ブチギレている。
さっさと答えてくれたら、生かして返してあげるから。答えてくれ。
「貴様が……貴様が魔王ではないのか……」
は?いやいや、魔王なんかでは当然ないし、そもそも魔族ですらないんだぞ。
何言ってんだ。意味がわからない。
「なぜ、俺が魔族と思った」
俺は人間だ、なんてことは言わない。
なぜか?そっちの方が楽しそうだからだ。どう転ぶのかね。
「貴様の黒い魔力を見れば、誰だってわかる。魔王でないのならば、なぜ……」
黒い魔力って、あぁ、なんか歳をとるごとに魔力が黒ずんできたんだよな。
え、それだけの要素で魔族だって判断したの?俺魔族特有の角や翼もないだろう。
「勇者様を殺した以上、貴様は世界の敵だ。絶対に許すわけには……」
なんかよくわからないが、世界の敵?それも勇者を殺した?全く身に覚えがないんだが、どうなっているんだ。
しかし世界の敵か。いいな、それ。
軍として俺を殺す部隊が派遣されたということは、俺が世界の敵として、既に多方面に広まっている可能性がある。
つまり、逃げてもずっと終われる可能性があるということだ。もちろん魔術で姿を偽装すれば、なんとかなるかもしれないが、バレる可能性がある。
もしそうなったとして、毎度毎度こんな一万もの軍勢を送られては、流石に面倒臭い。というか多分毎回ブチギレる。
となれば、いっそ逃げる必要を無くしてしまおう。
世界の敵。そう、世界の敵として認識されているのなら、むしろ世界の敵として、世界を滅ぼしてみるのもありかもしれない。
今まで鍛錬を続けてきた魔術や剣術の成果の確認にもなるし、何より、ずっと暇だった俺には大きな刺激が必要なんだ。世界を滅ぼすなんて、絶対に楽しいに決まっている。
「よし、決めたぞ」
世界の敵として、世界を滅ぼす。もちろん、人族だけを滅ぼすなんてことはしない。魔族だって滅ぼしてやる。
そうすれば、今人族の敵の魔族と、互いに失って対等だろう?
うん、そうしよう。
せっかくだし、大魔族と勘違いされているなら、その設定を借りよう。
「いいか?よく聞いておけ。俺は世界の敵だ。人族であろうと、魔族であろうと、両者とも滅ぼす。戻って伝えろ、俺が世界を滅ぼすとな。猶予は……次の新月までだ。せいぜい対策でもしておけ」
猶予は次の新月。昨日がちょうど新月だったから、あと1か月ある。準備はできるだろ。
なんか、今からでもワクワクしてきたな。
長い暇つぶしになりそうだ。
「何をしている、さっさと行け」
まだ居座っていたから追い返した。なんかぶつぶつ呟いていたが、大丈夫だろう。
しかし世界を滅ぼす旅か。どんなことをしようか。
そうだ。何をするにしても、せっかくの盛大な暇つぶしなんだ。楽しんでいこう。
世界を滅ぼすというのは、楽しんでなんぼだろう。知らないけど。
最初の行動開始は1ヶ月後。楽しみだ。
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