第2話 山を降りたら人に出会った
結論から言おう。魔物に出会うことなんてなかった。一日以上かけて、歩いて降りてきたのに。
いや何でだよ、いつもはあんなに出逢っているのに。ありえない、運が俺に味方していないとしか思えない。
一応、自分に甘えないように直進で降りてきたから、運が悪かったのか。他にあり得るとしたら、俺の魔力を避けたとか?いやでも、いつもなら魔物に普通に出逢うからな。
とにかく、何の魔物と出逢うことのないまま、東の麓まで降りてきてしまった。
帰りたいけど、ここまで来ちゃったんだしなぁ。人里を探して向かわないといけなくなってしまった。
面倒ったらありゃしない。だが、これも今後のため、今後のため。我慢しないとな。
とりあえず、美味い料理を食べるためにも人里に向かわないとな。
さっさと帰るためにも、早く探そう。
そのために風魔術の応用で飛んでみる。
毎日使っている魔術だが、これはなかなか便利なものだ。
ワイバーンくらいの速さが出る。馬の二倍くらいの速さだ。もちろん、向かい風は結界で防いでいる。初めてこの魔術を使った時は、向かい風で目が痛くなって大変だった。
この魔術で飛び回って村を探そう。山沿いに探せば、少なくとも一つは見つかるだろう。
「まずは南方面に、あれ?」
飛んでいるから、より遠くまで見えるようになったおかげで、見えていなかった村が一つ見えた。
村が見えたというよりも、麦畑が輝いているのが見えたという感じだが。
あと、気になるのが一点。とんでもない数の鎧も見える。
なんなんだろうか、あれは。この近くで軍を出すほどの魔物でも現れたか?いや、流石にそれはないだろう。この近くに竜とかみたいな、強い力を持つ魔物なんかはいないはずだ。
うーん、先に向かうだけ向かってみるか?いやでも人がいっぱいいるってことだろ?
どうしよう、向かうか、向かわないか。
よし、歩いて向かって魔物が出なかったら、村まで行こう。
意気地なし?うるさいな、1,000年と人と話していなければ、人と話したくなくなるもんなんだよ。
はぁ、とりあえず降りよう。
地面を感じる。いつものゴツゴツとした岩肌でも、森の中の根が張った地面でもなく、ある程度舗装された土の道。少し感動してきたな。
「ん?見ない顔だな、どうしたんだ」
後ろから唐突に声をかけられた。
中年のおっさんの声だ。
「大丈夫か?」
振り返ってみると、これはなんとまぁ、思い描いた通りのおっさん。背中に大きめの弓をかけているから、狩人かな。
どうしよう。久しぶりの人との会話すぎて、なんの言葉も出てこない。
こういう時はなんだ?そう、まずは挨拶。挨拶をしなくてはな。
「こんにちは、実は、迷子でして」
よし、とりあえず挨拶はできたな。偉いぞ、俺。
テキトーに迷子だってでっち上げたが、嘘とバレないよな?バレた時の言い訳を考えなくては。
このおっさんにも、色々聞きたいことがあったりするんだが、それは流石にハードルが高いな。後回しにしよう。
「おう、迷子か。どこを目指してたんだ?道は多少なら教えてやれるぞ」
なるほど、目指していた場所か。そんなもの、考えてなかった。
どうしよう、どこを目指せばいいんだ。そういうの教えてくれる先生とかが欲しいが、当然いるはずもない。
とりあえずどこも目指してない旅の者ってことにしよう。
「いえ、どこも目指してはないんですが、旅をしていまして」
「旅、か。それにしては軽装だな」
それは、どう言い訳しようか。特に日もかからないと思って、剣以外に何も持ってない。あと服がボロボロだ。
「あぁ、山賊にひん剥かれたのか。ハッハッハ、生きてるだけ儲けもんだぜ、兄ちゃん」
よかった、勝手に想像で補ってくれた。
このまま話を合わせよう。
「実はそうなんですよ……山賊ってのは、本当に嫌になりますよね。剣に多少覚えがあるので……なんとか追い払えたんですが、荷物は全部持っていかれてしまって」
完璧だ。完璧に話を合わせることができた。もしかして、俺って人と話す才能あったりするのか?いや、普通はこれくらいできるんだろうけど。
よし、このままこのおっさんについていこう。多分、近くの村の人なはずだ。ついでに、飯でも一緒に食べさせてくれたらいいな。
「そうか、じゃあ一緒に来いよ。服もボロいし、何着かやる。こういうのは恩を売っておくものだからな」
うん、そうだな。ついでに料理も食わせてもらえると助かる。
とりあえず向かおう。いやぁ、こんな感じで上手く人が手に入るとは思わなかったな。
お礼として、後で魔物の肉でもやるか。せっかくできた縁だ。大事にしないとな。
道中、いろんなことを聞ければいいんだが。頑張れ俺、人との対話は簡単だったはずなんだ。想い出せば簡単に話し始められる。そう、これは慣れるために必要な過程なんだ。
「えぇ、よろしくお願いします。もしよかったら、食事もいただけないでしょうか。一日何も食べていないもので」
嘘です、昨日普通に森で見つけたブラックボアの肉を焼いて食べました。でも、美味しい料理のためなら仕方ないよね。
とはいえ、こう、人に会えたなら魔物に出会わなくてよかった気がする。うん、よかった。そう思おう。
そして俺は、目の前のおっさんの背中を追いかけた。美味い食事が待ってるぜ、楽しみだな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
おっさんについて行ったら、俺がさっき見た村にやってきた。
いかにも田舎にある辺境の村という感じで、土壁の家ばっかりだ。木で作った俺の家の方が豪華だな。張り合っても意味ないけど。
おっさんは、村の中にはいいたがまだ歩き続けているな。どこら辺に家があるんだろうか。それともまさか、野宿とか。
いや、久しぶりの人の作った料理と、人と喋る勇気をつけるためにこの場にいるんだ。そのうちの一つの料理が消えては、俺がここまで来た意味がない。
というか、料理料理って、俺食いしん坊キャラか。そんなことはないよな、ただ久しぶりに料理が食べたいだけだよな。
「あの、家はこの村にあるんですか?」
気にしすぎるのも良くないし、人と話すことへの慣れのため、質問をしていくことは大切だ。
「あぁ、この村にある。そうだ、言ってなかったな。ようこそ、俺たちの村へ。歓迎するぞ」
前を向いて歩きながら、手を広げてそう言う。
歓迎してくれるのなら、せっかくだし色々案内をしてもらおう。
1,000年経って世界の情勢なんかも変わっているだろうし。今後のためにも聞いておくべきだな。
「今から、どこかに向かうんですか?」
人と話すことに慣れるための、無駄な言葉ではない。もちろん意味がある。
このおっさん、止まる気配がない。いや、この先に家があるのかもしれないが。
しかし決めつけは良くないからな。ちゃんと聞いておくべきだと思ったのだ。
「あぁ、いや何、この村で今後滞在する予定なら、先に見せておかなければならないものがあるからな」
ふむ、何だそれは。非常に気になるな。
「とは言っても、もう見えてるな。あれだ」
おっさんが指差した先にいたのは、鎧を着た大量の兵士たちだった。
あれか、さっき風魔術で飛んだ時に少し見えていたやつ。
それが、なんで先に見せておかなければならないんだ?なんか問題があったりるのかね。色々疑問が出てくる。
とにかく、見ておかなければいけないものらしい。綺麗な麦畑の方が見てみたいんだが。
「えっと、あの人たちがどうかしたんですか?」
ある程度近づいた段階で、そう聞く。
なんかおっさんの喋り方が、あいつらのこと嫌いに思っているようにしか思えない。
「いやなんだ、あまり詳細はわからないが、山にいる大魔族の討伐のためにここまで来たらしい。俺はよく知らないが、なんでも勇者様の仇らしくてな。俺は、あいつらのことは、村の飯を集るから嫌いなんだ。」
だそうな。言われてますよ、兵士さんたち。
というか、大魔族の討伐如きでこんなに人が必要か?そんなにいらないだろう。
あとなんか、ちらっと建物の裏から顔を出したら、全体の指揮を取ってそうな人にすごい顔で睨まれた気がする。
うん、気のせいであってほしい。
それにしても、早く食事がほしい。おっさん、早く行こう。
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