暇が祟って世界を滅ぼす

虹鐈

第1話 暇すぎて山を降りる

 「暇だ」


 思わず口にしてしまった。

 これといった理由はない。いや、これといったことがないことが問題なのだが。

 朝起きて剣術の鍛錬をして、昼食をとったら2時間走る。それが終わると魔術の鍛錬が始まり、そのあとは夕食を食べて寝る。毎日そんな生活をずっと続けていれば、暇になってくるものだ。

 それも山の奥の奥。誰も話す相手なんていないし、走っている時に絡んでくるのは大抵魔物。寂しすぎて涙も出ない。

 まぁ絡んできてくれるおかげで食糧は手に入るし、助かってはいる。だが、ペットにできるような可愛い魔物なんて当然いるはずもなく、いるのは凶暴で大きな体を持つ魔物ばかり。

 召喚魔術で召喚すればいいかもしれないが、無機質な可愛さなんて求めてない。というわけでペットにできる魔物はいない。

 とにかく、そんな生活を1,000年も続けていれば、退屈して暇で飽きて、大変なのだ。

 あと、1,000年と言ったが、俺は人間だ。いや、普通の人間は1,000年も生きることなんてできないか。

 20歳にならないくらい時から体の成長が止まり、ずっと生き続けている。できれば、肉体の前世の25歳まで成長して欲しかった。運の分からず屋め。

 そして普通人というものは、老いない人間を見れば気味悪がるものだ。

 もれなく俺も気味悪がられると思ったから、まだ誤魔化しの効く30歳のうちに、異郷の奥のさらに奥に引きこもって、好きな魔術を鍛錬することにした。

 ついでに自分の体についても調べてみたが、普通の人間と対して変わらない。

 人に聞けばよかったじゃないか?俺だってそうしたかったが、無理なものは無理だ。

 だって1000年も人と話していなければ、話し方というものを忘れるものなのだ。

 もっと早くに頼れ?それはそう。失念していたうちに時間が経過してしまった。

 とにかく200年経つ頃には、考えないことにした。

 だが、こんな辺鄙な山奥でも人と話すことはできる。

 最も、こんな場所まで来る人間なんて、犯罪者や山賊みたいな流れ者だけだ。

 話すよりも先に家を物色しようとしてくるし、寝込みを襲われたことだってある。

 鍛錬のおかげか、魔力量も、魔術の精度も強くなったおかげで、山賊程度、見ずに魔術で殺せる。

 300年前から始めた剣術の方も力がついてきて、県だけだったとしても、山賊100人程度なら余裕で勝てる。

 殺したあとの後片付けも、魔術ですぐに終わらせられる。

 そういえば最近ちょっと強そうなやつが来たな。あの、金髪のイケメンのやつ。

 擦り切れたり泥がついたりして少し汚い見た目だったが、服や持っている剣が見ただけで高価だとわかるものだった。

 あれだけ高価そうなものをつけているんであれば、貴族とか商人とかを襲って手に入れたものだろう。

 そして貴族や商人のものを持っているということは、金持ちの雇う腕のいい護衛をも殺したってことだ。

 だとすれば山賊の長とかそんな感じなのかな?

 このあたりの魔物って結構強いのが多いから、それなりに力がないとここらで生活できないしね。

 まぁ俺は家から見える木のない部分にたっぷり俺の魔力擦り付けたから、魔物は大抵よってこないけど。

 それよりも山賊の長なら報復とかが怖いな。

 二度と近づかないよう警告として、そいつの首を持ってた高そうな剣に刺して山の麓あたりに置いてきたが。

 他にも3人いたか?同じように野晒しにしてきたけど、問題はないだろう。


 「とりあえずもう一回走るか」


 いつも通り暇を弄んでてもどうにもならないしな。

 しかし誰か喋る相手が欲しいな。独り言をぶつぶつ喋っているだけじゃ気が落ちてくる。

 近くの森にいる魔物も喋ることのできるやつはなかなかいないし。

 そんなことを考えながら立ち上がる。

 あたりを見渡しても剥き出しの岩肌に、少しの草しか生えていない。

 一応、一分も歩けば森が見える。

 今思えばよくこんな場所に相撲と考えたものだ。

 話相手もいなければ景色も殺伐としている。尚且つ食べられる肉は魔物の肉のみ。魔物の肉も美味しいけど、愛情で育った肉ってものが食べたい。

 今度、勇気を出して山の麓まで降りてみるか。1,000年も経てば、新しくできた美味しい食事だってあるだろう。

 あ、でも1,000年たって言葉が通じなくなってるとかあったら、どうしようか。

 あぁやっぱり不安だしどうしよう。


 「よし、走って降りていって、何も魔物が出なければ、麓周辺で村を探す。魔物に出会えば、帰ってくる。うん、それで行こう」


 声に出しながらテキトーに考えてみたけど、これで行こう。

 それ以外いい案が思いつかないし、うん、これで行こう。

 もちろん人と話したくないという気持ちは、当然残っている。どうしよう、そう思ったらやっぱり行きたくなくなってきた。

 いや、ここは勇気を出そう。そもそもずっとこう考えているから、暇な状態から抜け出すことができなかったんだ。

 やるだけやってみよう。


 そこまで考えて、小屋に立てかけてある剣をとる。そして森に向かって走り出した。

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