第三章⑫『呪いの烙印』

 街灯一つない夜道を突っ切り、何とか無事葉山の家へ逃げ込めた。

 互いに息を荒げながらも、安堵に満たされているのも束の間。


 「! 葉山さん……それ……っ」

 「どうやら……ついに僕も……呪われてしまったようですね……」

 「そんな……どうすれば……っ」


 葉山の右手の甲には、赤い百合の花を模したようなアザが焼印のように刻まれていた。

 それはまごうごとなき、百合神様の呪いの証だ。

 恐らく、先程遭遇したカブトムシまみれの異形の仕業だと分かった。

 もしも、あのまま逃げるのが遅れていれば、葉山まで渡利と同じ末路を辿っていただろう。

 想像するだけで背筋に氷柱が突き刺さったような悪寒が走る。


 「落ち着きましょう、要さん。きっと呪いを解く手がかりは、百合神様と……花山院家と百瀬家にあるのです……」

 「本当に……?」

 「現にあなたは未だ生きている……最後まで希望を捨てないでいきましょう」


 要を励ました葉山は、例の資料山から幾つかを選び取って、机に並べていく。

 先ずは赤いアザによる死亡事件の概要からまとめ始めた。

 事件の資料は探偵業で知り合った警察官の友人に協力してもらって得たらしい。


 「謎の死を遂げた百瀬梨花、萩野太一、草部一也、森彩花、鹿島麗香、山田二郎……彼らに共通しているのは、八年前に赤いアザを刻まれたこと……」

 「そして事件の内容こそバラバラだが、実質的な死因は身体中から赤い百合の花が咲いたことによる失血性ショック」

 「しかも遺体は凄惨な様で、首辺りから咲いた百合の花が首を押し千切るように……」


 科学では説明のつかない超自然的な力によるものとしか思えない事件。

 それでも各事件をパズルのように掻き集め、全体を俯瞰することによって見えてくるものはあるはずだ。

 事件の内容や時系列に整理がついた所で、早速要は気になっていた点を挙げた。


 「葉山さん、気になったのですが……八年前にこの赤いアザを刻まれた人と……そうでない人の違いって一体何でしょうか……?」

 「良い着眼点です。私もそこが気になっていましたが……今日、あなたの話を聞いて確信を抱きました」

 「そうなのですか……?」

 「はい……この事件は百合の花の呪いが鍵となっていて……これは間違いなく百合神様の祟り……つまり花山院家の人間の仕業である可能性が高いです」


 赤いアザの呪い、赤い花が体に咲く祟りによる死、赤い花を咲かせた夜の怪異の存在……全ては百合の花に纏わることから、百合神様の仕業であると思われる。

 さらに百合神様の元を辿ってみれば、おのずと神を祀ってきた花山院家へ繋がってくるのだ。


 「それは、本当なのでしょうか……幽花は、百合神様の存在を感じているみたいですが……呪いや祟りのことは何も言わなかったんです……このアザのことも初めて見た様子だったんです……」


 葉山の推理は理解できるが、要にとっては非常に気の進まないものだった。

 百合神様の祟りの元凶として、花山院家を疑うことは、幽花を疑うこととも同義だ。


 「そうですか……要さん……僕が花山院家を疑う理由には、もう一つあるんです。それは、あなたも含めて八年前にアザを刻まれた者達は皆、共通して幽花君と関係の深かった者なんですよ」

 「あ……」

 「要さんは幽花君をお友達と呼んでいましたね……もし、よかったら……話してくださいますか?」


 あなたと幽花、犠牲者彼らと何があったのか――。

 鈴のように優しくも凛然と響いてきた葉山の問いかけに、要の思考は一気に過去へ遡る。

 確かに“事件”は起こるべくして起きてしまったのだ。

 要の親が離婚にまで追い詰められ、彼女と母親が島を離れる決定的な理由となった事件。

 要と幽花を完全に分かつことになった“最悪の日”について――。


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