第三章⑩『夜の墓参り』
静まり返った夜の刻限にて。
夜闇に映える白百合の眩さ。
静寂の中で鳴き奏でる鈴虫。
深い緑の間隙から舞う夜風。
携帯電話の電灯と月明かりを頼りに、石畳の敷かれた獣道を登る。
「わあ……懐かしいね……昔と変わっていない……」
花山院家の中庭から繋がっている山道を歩き、花山院神社の間に位置する小さな丘。
昔、幼い要と幽花が二人で参っていた朱色の祠、そして亡きミーコのお墓のある場所だ。
昔と変わらず、地面を埋め尽くすように咲いた白百合の絨毯が美しい。
要の提案で久しぶりに祠と墓の参りに、幽花は夜に行くことを希望したのだ。
当然ながら夜にお参りをしたことのない要は最初戸惑っていたが、幽花と一緒なら夜も悪くないと思えた。
「今はいつも夜になってから、お参りをしているんだ……」
「何だか吸血鬼みたいだね」
「本当だね……」
人に見られる心配もなく、具合が悪くなりづらいという理由で、夜の短い時間だけ、墓参りのために外に出られる幽花。
昼夜逆転しているような生活に、思わず率直な感想が零れた。
軽く冗談のつもりでもあったが、幽花が気を悪くしなかったか一瞬心配する。
「ほら、ミーコ。要が久しぶりに来てくれたよ……」
幽花自身は墓の下に眠るミーコへ静かに語りかけていた。
やはり本人の言った通りだが、夜の方が調子は良さそうで安心した。
要もまた手を合わせながら、墓石越しにミーコへ笑いかける。
野花の一束でも持って行ってあげようかとは思ったが、これだけ周りに白百合が群生していれば寂しくないだろう。
「今度はこちらの祠にも手を合わせてもいいかな……?」
「もちろん。きっと喜ぶよ。要、おかえりなさいって」
「そうかなあ。そうだと嬉しいな」
ミーコの墓前から今度は何年経っても鮮やかな朱色の壁と翡翠色の屋根を保っている不思議な祠へ手を合わせてみた。
そういえば、花山院神社の本殿が島の神様――つまり百合神様が祀られていると推定できる。
だとすれば、この祠はもしかしたら――。
だから、幽花と彼の母親は長年この祠を参ってきたのだろうか。
先程のお伽話とも繋がるような気がして、要はより祈るように気を引き締めた。
「っ――!?」
瞬間――瞼の裏側に見覚えのない景色が走馬灯のように過り去って行った。
「要――?」
白百合のように真っ白に煌めく御髪、白い着物の少女。
儚い花のように優しくも寂しげな眼差し。
自分が守ってあげたい――自由な外の世界を共に生きたい。
太陽の下の白百合みたいな笑顔が眩くて、愛おしい。
たおやかで華奢な身体をそっと包むように、けれど風に攫われないように強く抱き締める。
このまま――ずっと、君と一緒に――。
「っ――あ――」
気付けば、石畳の上に滴が落ち、暗い滲みを作っていた。
今の光景は一体――?
息を荒くしながら冷や汗を零している要へ、幽花が「大丈夫?」と心配そうに語りかける。
辛うじて要は「平気」と返事しながら、息を整えていく。
何となく左胸のアザがまた微かに疼いているような気がした。
けれど痛みはなく、先程の説明のつかない光景も不思議と嫌な感じはしなかった。
適当に誤魔化すように、要は「よかったら、久しぶりに神社にも行ってみない?」、と誘ってみた。
すると幽花は「いいよ。僕もそうしてみたいと思ったんだ」、と嬉しそうに答えてくれた。
小丘から石畳で上を登ると、石階段の中間地点へ辿り着く。
この上をもう少し登っていくと、花山院神社の拝殿と本殿がある。
上を駆け登る間も、やはり幽花は要の手を繋いでいてくれた。
要の手を握る手付きは優しいのに、力は決して離れないように強くて、安心感を与えてくれた。
この感触も温もりも昔から変わっていない。
一番上の鳥居の前まで、残り十段程差し掛かってきた。
「こんばんは、要さん」
瞬間、背後から最近聞き馴染みのある声が響いてきた。
驚いて反射的に後ろを振り返ると、石階段の所に予想通りの人物が立っていた。
「葉山さん……? どうして、こんな場所に……?」
「あなたこそ。今夜もまさか、こんな場所で会えるとはね……ここへは何をしに?」
懐中電灯を手に佇む葉山さんに、どう説明すべきか要は一瞬思案してからたどたどしく答えようとする。
昨日の夜の衝撃的な出来事や、葉山の素性柄、夜も島を彷徨いていることは予想できたが、まさかこの場所で遭遇するとは思わなかった。
「えっと……友達の家に泊まって……ちょっと近くだから、一緒にお参りでもしようかな……なんて……」
「……? 君一人……ではなく?」
「え……?」
「まあ、きっと神社のことが気になったのかもしれませんが……島の夜に一人では危ないですよ」
一体何を言っているのだろう。
葉山の言葉の意味を咀嚼しかねた要は、弁明するように隣の幽花へと向き合った。
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