第三章⑧『読書』
ふと気付けば、あっという間に夜中の二時を回っていた。
葉山から資料を幾つか借りた要は、そのまま彼に家まで密かに送り帰してもらった。
幸い、帰った頃には母親は就寝しており、夜の無断外出は知られずに済んだ。
早速要は、百合島に纏わる歴史とアザの事件の詳細を頭へ叩き込むべく、文献や資料を読み漁った。
先ず、百合島の成り立ちや過去から継承されてきた信仰、花山院家と百瀬家の役割について基本的なことは理解できた。
今振り返れば、子どもの頃に夏休みの一夜のみ夏祭りが開催されていた。
年に一度の夏祭りにのみ夜の外出が許されたのは、その夜には“特別な儀式”が行われたからだ。
そういえば、あの時、白無垢みたいな着物姿の幽花は……女の子と遜色ないほど綺麗だったなぁ……。
百合島の夏祭りの夜は、過去に催されてきた“儀式”に倣った祭事が行われた。
夜の花山院神社の前に島民が集まり“儀式”を観覧しに来る。
“儀式”では桐で作られた棺桶の中へ、花山院家の巫女役の人間が入る。
巫女の眠る桐の棺桶へ、宮司が白百合の花を添えていき、祈りを唄い捧げるというものだった。
現在の花山院家には女子がいないため、子息である幽花は長い白髪のカツラを被り、白無垢を纏って巫女役を担ってきた。
その時の幽花はまるで真っ白な百合の花の精霊みたいに美しかった。
しかし、八年前から幽花が引きこもってしまっている今は、恐らく祭り自体も行われず、儀式は廃れつつある可能性は高い。
それと百合島の歴史を読んでいく中で一点、要は気になった事があった。
「どうして神様は……“五百年目”になって、島を滅ぼしちゃったんだろう……」
最初に島を渡って住み着いた人間達を護ってきてくれた神様は、五百年目には彼らを見捨てた。
島民の祈りも虚しく、災害によって彼らの命は失われ、島は一度滅んだ。
結局、古い文献を読んでみた所で、崇高なる“神様”がどんな存在で、何を考えていたなんて、人間の身では知る事はできない。
凡俗な人間に過ぎない自分の尺度で測るのもさしでがましいかもしれないが、何となく“神様”の気持ちを想像できた。
「もしかしたら、神様も島の人間に嫌気がさしちゃったのかな……」
この島では“異質な存在”として蔑まれてきた要だからこそ、感じるものはある。
価値観も善悪も島の内側だけに凝り固まり、外から入ってきた異物には徹底的な拒絶感を抱く島民の偏狭性。
昔から信仰されてきた“神様”に縋り付き、良い変化がある時は感謝を示すが、悪い変化がある時は理不尽な怒りや要求ばかりを示して責めてくる。
しかも、人間にも言えることだが、善行を施せば感謝されるのは最初だけで、やがてそれが当たり前になって感謝の念すら忘れられることがある。
そんなのは人間に限らず“神様”だって失望するに決まっている。
何て、やはりつまらない人間の尺度で愚かな結論を出すことに要は自嘲しながら、文献の或る頁をなぞってみた。
「巫女の怨み、思い知れ……か……」
百合島の文献の或る一頁に殴り書きされていた文章。
或る霊能力者によって綴られた文献によれば、百合島の夏祭りの“儀式”は、過去に島が一度滅ぶ前に行われていた“儀式”に倣っている。
しかし“本来の儀式”では、巫女は“生贄”として桐の棺桶に入れられ、そのまま“生き埋め”にされる。
つまり昔の島民は巫女に選ばれた女性一人の命を捧げて“神様”を鎮め慰め、天災や危機から救われてきた。
昔の時代であれば少なくはなかった生贄と犠牲の風習と文化。
しかし、生贄にされた巫女の中には、島のためとはいえ、理不尽に命を捨てる行為に何かしらの悲憤を覚えた者もいたのかもしれない。
儀式の歴史や詳細については、祭事を担う花山院家が詳しいだろう。
そう思い立った要は母親へ出かける事を伝えると、家を出で目的地へ真っ直ぐ向かった。
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