第三章⑦『百合島の起源』

 これは遥か久遠の出来事――。


 名前のない島に渡ってきた人間達が、安住の地を求めて共同体を形成していた時代。

 島民は島の恵みそのものを“神様”として崇め、毎日感謝を込めて祈り祀っていた。

 しかし、平安の時は長く続かない。

 海の嵐や日照りが立て続くと、海の魚は死に朽ち、作物は育ち辛くなった。

 島民は“神様”へ祈り続け、自分達の確固たる信仰心を証明した。

 島の山地に祠を建て、御供物を捧げ、清廉な少女を巫女として祭り上げた。

 しかし、島民を襲う飢饉は一向に止む気配を見せない。

 

そこで島民の長は巫女を“生贄”として捧げることにした。


 桐の箱に眠る巫女と祭具を納め、祠の建つ山の地へ埋める。

 儀式を取り仕切る宮司と島民は、夜通し祈りを捧げる。

 すると夜が明けた後、島民を苦しめていた雨嵐も日照りも治った。

 以降、島に危機が訪れる度、島民は清らかなる巫女の身を捧げていき、“神様”によって鎮めてもらってきた。

 “神様”を祀り讃えることによって、島は平和に栄え、民は穏やかに暮らした。


 しかし、彼らの安寧は“五百年目”の時を経て、終焉を向かえた。


 巫女の怨み、思い知れ――。


 未曾有の嵐によって海は荒れ狂い、山は崩れ落ち、島民は溺れ死んだ。

 雷の落ちた家から火が燃え上がり、島民は焼け死んだ。

 まさに“神様”の怒りを体現したように、島の自然は荒れ狂い、島民は滅んだ。

 

 百年後、二人の若者が島へ渡ってきた時のこと。

 唯一残っていた祠を中心に、山には満開の“白百合の花”が狂い咲いていた。


 若者二人はこの島を『百合島』と名付け、百合の花の生産に力を入れた。

 これが『百合島』の始まりである――。


 若者の一人は百合の花から生薬を生成し、喘息や病に苦しむ者達へ貢献した。

 もう一人は祠の前に神社を建て直し、百合の花の育つ島の大地を神格化させ、祭事を担った。


 これが百瀬家と花山院家、二大名家の始まりである――。


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