第三章③『夜の島』
この島は昔からほとんど変わっていない。
港の海の水底から這い上がるような青い闇の気配も。
山や丘の緑にまばらに群生している白百合の花も。
自分達だけの殻に閉じこもり、割れ目から覗く世界、入ってくる隙間風を拒否する島民の性も。
自分のパートナーには不思議な力があった。
空気中に漂う透明な物質を見つめるように、人ならざる力や存在を感知できる能力に優れていた。
しかし、百合島にある“神様”の伝承について調べていたパートナーは八年前に行方不明になった。
突如、音沙汰もなく消えてしまったパートナーを探すために、自分もこの島に来た。
けれど、この島で生活を始めて“その瞬間”を待つこと八年。
“神様”とそれに纏わる二大名家に関するめぼしい情報は、幾つか調べられたが、核心に迫るものは未だ掴めていない。
一体何がまだ足りていないというのだろうか。
仮に“その瞬間”が訪れてしまった際、自分は何かしらの手段でそれを止めないといけないのだろう。
けれど、未だ確かめなければならない事は山程ある。
昨日偶々病院で見かけた“彼女”自身が、何かしらの手がかりになればいいのだが。
また明日に病院へ向かい、彼女に接触を図ってみよう。
生温い潮風と共にそよぐ煙草の煙、と群青色の海面をぼんやりと眺めながら、思考に耽っている時だった。
「きゃあああ――っ!!」
遠くのほうから女性の悲鳴が響いてきた。
切迫した声色からも、女性は危機的状況にある可能性が高い。
しかし“暗くなれば家の中にいなくてはならない”という島民独特のルールに則るため、誰も女性を助けに外へは出ない。
そもそもルールを破って夜に外出し、それによって危険に見舞われたとしてもその女性の自業自得ということだ。
しかし、生憎自分はこの島の出身者でもなければ、昔から守られてきたというこの迷信めいたルールを最初から信じて守ってもいない。
自分はこの島で生活してから八年間、こうして夜に密かに外出したことは頻繁にある。
ならば、自然と自分には悲鳴をあげた女性を助ける権利があるわけだ。
それに、もしかすれば――ついに自分が待ち望んできた“その瞬間”とは、今その時かもしれないのだ。
色々と考える内に高揚してきた自分は、いつの間にか動かしていた手足に汗を滲ませて、悲鳴のもとへと駆け付けた。
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