第三章①『呼び声』

 苦しい――。


 息ができない――。


 助けて――。


 目も口も鼻も深緑の闇に侵され、呼吸を奪われていく。

 喉と肺を汚す湿った黴び臭い水を吐き出したくても、流れが激しくて藻掻くしかない。

 自由を奪われた手足は地べたを這う惨めな魚のように、のたうち回る。

 ひれえらを切られて汚水に投げ捨てられる魚になったようだ。

 水面に浮かぶ透明な膜越しに、甲高い笑い声が響いてくる。

 けれど、言葉らしい言葉は水泡に掻き消されて聞こえない。

 それでも自分を嘲笑う気配だけは、水底からでも伝わってきた。


 意識が――全てが――霞んでいく。


 やがて手足の力が抜けていくと、天空も水面も嘲笑も、全てが遠ざかっていくのを感じた。

 最後に吐いた呼吸が泡となって上昇していく様を、水底からぼうっと眺めるしかなかった。


 ――め。


 ――な、め。


 ――か――な、め――。


 ――要――っ!!


 遠くで誰かが呼んでくれている。

 嘲笑でも憐憫でもない、透き通る炎のように純真で必死な声が――。

 自由の利かない両手が自然と宙へと伸びる。


 そして、空の光を背負ってこちらへ向かってくる黒い影へ指先が触れた――。


 *

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