第二章⑥『友達』
雨の日に猫を助けたことをきっかけに、要と幽花は二人で逢って過ごすようになった。
二人で拾った猫にはミーコと名付け、河川敷から別の場所へ移動させた。
残念ながら要の父親は動物嫌いなうえ、幽花の家も動物を飼う事が許される環境ではないため、外で飼うしかなかった。
それでも、幸いミーコは二人に懐いてくれたうえに、より人目につかない安全な場所――栗花落家の近くにある白百合の咲く小丘に棲みついてくれた。
『可愛いねぇ、ミーコ。幽花君のこと、パパだと思っているみたい』
『それなら、要ちゃんはミーコのお母さんだね』
『そうかな? だとしたら、嬉しいなぁ』
いつもあの小さな丘の白百合畑で、私達はたくさんのお話をした。
猫のミーコの可愛さはもちろん、この丘は秘密の場所で両親にすら教えたことがない話とか。
学校の給食に出てきた百合島名物のユリイカ海鮮丼が美味しかったとか。
学校の理科室で飼われているハムスターの赤ちゃんが生まれた話とか。
もちろん、そんな他愛のないお話も、好きにはなれなかったはずの学校の面白い話も色々した。
『みんなはね、私のことがあまり好きじゃないみたいなの』
けれど、振り返ってみれば、二人でよく話していたのは互いの身の上や家族のことだったような気がする。
要の父親も祖父母も要が男の子として生まれていれば、栗花落の売店と会社の跡継ぎになってくれたはずだと嘆いている事とか。
仕事や家事で要領良く動けない母親を祖母はよくいびり、「これだから都会で甘やかされた他所者は」、と毒付いてくることも。
孫娘である要も勉強や運動も不得手で、家事の手伝いも器用にこなせないことに祖父母は呆れ、「他所者の悪い血を濃く継いだか」と零すこと。
要への露骨な態度は家だけでなく学校でも同じで、先生や同級生もみんな要を嫌い蔑んでいることも。
『どうして、幽花君はそんなに優しいの? 私なんかと仲良くしてくれるの?』
幼い要の口から零れた無邪気な疑問に、幽花は言葉に詰まったように俯いた。
『僕は……優しくなんか、ないよ……』
心無しか憂いに伏せている瞳が薄い膜を張っているような気がした。
幽花の言葉の意味を掴みかねている要は、どうして? と首を傾げて答えを待つ。
『きっと……君が、僕と似ているから……』
互いのどこが似ているのか、むしろ正反対ではないか、と疑問にすら感じた要は最初理解できなかった。
けれど、学校の誰にも家族にも口に出せなかった幽花の心の声を聞いていく内に、何となく意味が分かってきたような気がした。
『それなのに……いつも僕はただ見ているばかりで……君を助けることも、できない臆病者の弱虫で……っ』
悔しそうに泣いている幽花が訴えているのは、学校でのことだろう。
二人が仲良くなる以前から、一学年一クラスしかない田舎の学校で、しかも同級生であれば火を見るよりも明らかだった。
学校で要が周りに忌み嫌われて孤立していることも、学級委員である百瀬梨花達にいじめられていることも。
同じ教室にいる幽花もまた他の同級生と同じく“傍観者”を貫いていることも。
『そんなことないよ……私、こうして幽花が今も一緒にミーコと仲良くしてくれるだけで、とても嬉しいから……』
要だって分かっているつもりだった。
幽花は島で煙たがられている要を誰よりも心配してくれていることも。
本当は要を庇いたくてたまらないけれど、そうすることで逆上した百瀬梨花達のいじめが余計にエスカレートするのを恐れていることも。
要を助けることもいじめを止めることもできない、無力な自分が歯痒くてたまらないことも。
けれど、今まで母親以外で信頼できる大人も、楽しくお話しできる友達のいなかった要にとって、幽花の存在自体が救いになっているのだ。
『私は幽花君とミーコが一緒にいてくれれば、それだけで幸せだよ……』
それこそ、生まれた時からずっと暗闇だった世界に唯一灯った一番星のように。
『ごめん……ありがとう……要……僕もだよ……だから……ずっと……っ』
実は周りに囲まれているようでずっと孤独だったかもしれない幽花にとっても、要自身がそうであればいいなと密かに願っていた。
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