第二章③『探偵ライター』

 「あの、栗花落要さん、ですよね?」


 警察の聴取をやっと終えて、病院内の廊下を突き進んでいた最中。

 突如名前を呼ばれた要は誰だろう、と怪訝そうに振り返った。

 田舎の島民は見かける顔には非常に敏感なものだ。

 地元で見かけない顔の者がいたり、島出身の者が帰って来ていたりという噂があれば、直ぐに嗅ぎ付ける。

 十数年も経つとはいえ、顔付きや噂だけで目の前の相手を見抜く島民もいるだろう。

 例えば、私が“他所者の嫁”の娘であり、理由あって母子のみで島を出て行った栗花落要であることとか。


 「突然申し訳ありません。私、こういう者でして」


 しかし、要の予想とは異なり、声をかけてきた相手は礼儀正しく優雅な佇まいをした壮年男性だった。

 灰色の薄手のコートの下に爽やかな白いワイシャツ、と皺なく整ったスラックス。

 滑らかな黒の革靴に、高価な銀の腕時計、整髪料でまとめられた黒髪。

 いかにも地元の島民らしからぬ気品を漂わせた男性は、丁寧に名刺を渡してきた。


 「探偵、ライターさん?」

 「そう。私は葉山昭人です。一応こう見えて探偵ですが、フリーライターもしているんですよ」

 「……私と同じく、トーキョーから来たんですか?」


 名刺に記されていた会社本社の住所がトーキョーになっており、葉山の雰囲気からもトーキョーの人間だと直ぐに分かった。

 人好きのする気さくな笑みで頷いた葉山は、鷹揚に続けた。


 「そうなんだ。ただ私はね、数年前からこの島で生活しているんだ……“或る調べ物”のためにね」

 「調べ物、ですか……?」

 「その一つとして……花山院家と百瀬家の謎を探っているんだ……」


 百合島の二大名家の名前、その謎について調べていると言った島外の人間に、初めて得体の知れない恐ろしさを感じた。

 まるで自分ですら自覚していなかった秘密を暴かれそうになっているような。

 要の瞳に警戒の色が浮かんだのを見逃さなかった葉山は、困ったように目尻を下げた。


 「怖がらせたのならごめんなさい……ただ、僕にはやり遂げるべきことがありましてね……そのためにも、もっと知りたいのです……花山院幽花君がちゃんと生きているのかどうかも……」

 「私に……何か、してほしいってことですか……?」

 「いや、そんなつもりはないんです……ただ……」


 葉山は一応否定しているが、瞳の奥に宿る青い炎は語っていた。

 二大名家に関する情報を手にするために、両家の子息女と何か関わりのある要に近付いてきたのだ。

 要が不安気に見上げながらも、手に渡された名刺をそっと握ったまま離さないのを良いことに、葉山は畳み掛けて来た。


 「花山院幽花君について、何か知りたいことや相談したいことがあれば、いつでも連絡してほしい――」


 静かに踵を返した葉山の背中を、要は不可解そうに見送った。

 葉山のことを信用したわけではないが、要はますます自分の目で確かなければならないと思った。


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