第二章②『事情聴取』

 あの百瀬梨花が亡くなった――。


 他所者の血が入っていると言って、穢らわしいから触りたくないと自分を嗤っていた彼女が。

 他所者に礼儀作法を教えなければならないから、と同級生に命令して、私へ無理難題を押し付けて来た彼女が。

 運動も勉強も不得手で先生から叱責されてばかりだった私を、いつも嘲罵していた彼女が。

 ドッチボールでは格好の餌食でしかない私を“木みたいだ”と馬鹿にし――萩野達に押さえつけられた私の体に大量のカブトムシやミミズを這わせて弄んだ彼女は――最後も私に嘲罵を浴びせながらも、無惨に血を噴き出して息絶えた。


 身体中の血管を貫いて開花した赤い百合の花にまみれて、首を千切られていた――。


 「本当に不思議な話ですねぇ。まさか彼女、死ぬ前に花の種でも飲んでたのでしょうか?」


 百合島総合病院の病室で変死した百瀬梨花の調査のため、現場にいた要は警察官の藪田からの聴取を受けていた。

 藪田は十年前に警察官へ就任したという、壮年のややずんぐりした男性だ。

 要が子どもの頃に見知っていた親切な“島のおまわりさん”には含まれておらず、自然と強張ってしまう。

 藪田の目から察するに、百瀬梨花の直接の死因は失血性ショック。

 にわかにあり得ない話だが、身体中の血管内から種子が根と茎を伸ばし、血管を突き破って花を咲かせたことで身体中の血液が急激に失われた。

 目撃した非現実的で不可解な現象と血なまぐさい凄惨な現場に、要だけでなく看護師達もショックを隠せない様子だった。


 「ところで、あなたは亡くなった百瀬梨花さん……ももい製薬の御息女とは、どんな関係だったのですか」

 

 百瀬梨花が亡くなる直前、彼女に接触してきた要へ疑いの目を向けているらしい。

 まあ確かに偶々十数年ぶりに親しくもなかった人間が、偶々病室を訪れたらその患者が変死したというのは不吉な状況だ。

 しかも、要が“あの他所者”でだいぶ噂になっていた栗花落家の嫁の娘だというのも相まって。


 「百瀬梨花さんとは……百合島の小学校で同級生だったんです……」

 「彼女とは親しかったのですか?」

 「……いえ、ただの……同級生同士……でした……」


 まさか百瀬梨花とその取り巻きにいじめられていたとは、何となく言い辛かった。

 ただの事実のみを話し、不都合なことを伏せる形で嘘じゃない嘘を述べてみた。


 「それなら……何故わざわざこの病院に来て、ただの同級生だった彼女に会いに来たのですか」

 「病院には……私の父が入院しているので……そこで偶々百瀬さんの病室を見つけました。懐かしいので、他の同級生もどうしているのかとかお話してみたかったんです……」


 もっともな疑問に一瞬固唾を呑んでしまうが、これも咄嗟に用意できた返答で何とか凌いでみた。

 懐かしさから同級生に話しかけてみたくなるのは、特に不自然なことではないはず。


 「なるほどね……それで、お話はできましたか」

 「いえ……病室へ入った時には、既に百瀬さんが苦しそうにしていたので……」

 「ナースコールを押したのも、あなたでしたね」

 「はい」

 「その際、百瀬梨花さんと何か言葉を交わしましたか」


 不気味な赤い花みたいなアザのこと。

 萩野太一、草部一也、森彩花もこのアザのせいで死んだということ。

 そして、アザに関係しているであろう“ゆりがみ”様の名前。


 「いえ……特には……そういう余裕もなかったので……」


 けれど、警察に言っても信じてもらえるかどうか分からない。

 それに余計自分にも良からぬ疑いがかけられるような気がした。

 当たり障りない要の返答の真偽を確かめるかのように、藪田は淡々とした眼差しを向ける。


 「ちなみに……百瀬梨花さんには先ず……同級生の誰について訊くつもりでした?」


 意味深に訊かれてとっさに頭に浮かんだのは“彼”――花山院幽花のことだった。

 百合島の警察の人間であれば、島中の家庭事情――特に百瀬家と並ぶ名家である花山院家についても詳しい。

 ならば、今要が最も知りたがっている事を、藪田は答えてくれるのかもしれない。


 「花山院幽花さんのことを訊くつもりでした……」


 幽花の名前を聞いた瞬間、藪田が無精髭を生やした口元をキュッと結び、眉を顰めたのを見逃さなかった。

 不味いことを訊いてしまった時と似た重い沈黙が走るが、すかさず要は問いかけてみた。


 「藪田さんは、最近の幽花さんについて何か知っていますか……? 元気にしているのでしょうか……?」


 百瀬梨花曰く、幽花は今も百合島にいるとのこと。

 それを聞いた時、要は嬉しくなると同時に不安も覚えた。

 もう十数年も前の“友達”――それも何の説明もせずに、そのまま島を離れてしまった相手なんか。

 それでも幽花の近況や居所も教えてもらう事さえできれば、逢いに行く勇気をもらえる気がした。


 「あー……それこそ、警察の我々も知りたいことなんですよ」

 「どういう……ことですか」

 「八年くらい前からなんだが、島民も誰も、花山院家の子息の姿を見かけなくなったんですよ」


 つまり“生死不明”ってことです。


 「見かけなくなったって……家族は……?」

 「もちろん気になった島民の要請で、我々警察は花山院の家を何度か訪れてみました。そしたら、親御さんは“いる”って言い張るんだ。けど、決して顔を合わさせてはくれないのです」


 花山院幽花は生きているのか死んでいるのか誰にも分からない。

 “同じ八年前”から島で見かけなくなったこと。

 彼の両親曰く、今も花山院家の中で静かに暮らしているという。

 けれど、本人は家の外の人間に会いたがらないという。

 家族の言う事が真実であれば、今も幽花本人は実家にいて生きているはず。

 けれど、もしも彼の両親が嘘をついているのであれば――。


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